AVやグラビアがこれだけ隆盛を誇るなか、依然根強いファンを持つのが官能小説。しかし、官能小説の黎明期、一般の人々も興味を持ちやすいノーマルなものでなく、なぜSMが主流を占めていたのだろうか? 40年以上にわたり、年間300編の官能小説を読み、新聞・雑誌などに紹介している評論家の永田守弘氏はこう説明する。
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理由は簡単で、作品がSM系に集中したのは、警察の摘発を逃れるための苦肉の策でした。1950年代半ば、性描写についての当局の取り締まりは厳しく、挿入シーンなどは以ての外。その一方で、女性を緊縛し、その苦悶の表情やせつない喘ぎ声を書いているだけなら“セーフ”だったんです。
ただし、縛られている女性の横に布団が敷かれている状況を描き込んでしまうと、SM行為の後に男女が性交に至ることを想起させるという理由で“アウト”。こうした状況下で、作家たちは警察の取り締まりから逃れるために、性的表現・描写を試行錯誤し、巧妙に工夫するようになりました。皮肉なことに、警察権力の介入が作家たちの腕を磨き上げ、現代に至るまでに官能小説独特の猥褻で繊細な世界を作り上げたのです。
※週刊ポスト2010年10月29日号