1927年に大西洋単独無着陸飛行に成功したチャールズ・リンドバーグは、その後北方領土に不時着したことをご存知だろうか? リンドバーグが後に「言葉は通じなかったが、彼らのお辞儀と微笑は実に奥ゆかしいもてなしだった」と記した史実は以下の通りだ。
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1931年8月24日、北海道・根室は街中に興奮が渦巻いていた。4年前に大西洋の単独無着陸飛行を成功させたリンドバーグ大佐とアン夫人の操縦する水上機・シリウス号が、根室港に着水したからである。
だが、その前日にシリウス号と根室無線局との交信が途絶え、約14時間にわたって“行方不明”になっていたことはあまり知られていない。リンドバーグ夫妻が不時着したのは北方領土の国後島だった。後にアン夫人が記した手記を紐解くと、こんな記述がある。
「根室を目指したが濃霧で方角を見失い、わずかな雲の切れ間から湖が見えたので降り立った。岸に近づいていくと、一人の老人が小舟を漕いで私たちを迎え、小屋に案内してくれた。英語で『ここはどこ?』と問いかけても、老人は一礼をして微笑むばかりだった」
夫妻は持っていた地図を見せた。すると老人は、北海道に近い島を指した。夫人が「クナシリ?」と聞くと、老人は笑顔を見せて大きく頷いた―。この日、夫妻は漁師小屋で暮らす老人と少年に芋と魚の煮物、米飯を振る舞われ、天候が回復するまで14時間ほど滞在した。そして別れの時、夫妻は覚えたての「ありがとう」を繰り返し、根室に向けて飛び立っていったのだった。
※週刊ポスト2010年11月12日号