11月中旬、著書『小さき花』(1680円、小学館・加島祥造氏と共著)の出版記念イベントで席上揮毫(きごう)を行った女流書家の金澤翔子さん(25)。ダウン症として生まれた翔子さんが書を習い始めて20年。
天才女流書家としてテレビ番組などで紹介されるようになったのはここ2~3年のこと。一度翔子さんの書を見ると、その力強さと美しさにただただ圧倒されてしまう。
翔子さんが生まれたのは1985年6月。母・泰子さんが8年の不妊治療の末、42才で初めて授かった子だった。帝王切開で出産、その麻酔で眠っている間に、医師から家族に説明がされていた。
「(後で子供がダウン症と聞き)親子で死ぬしかないとまで思いました」と泰子さんは当時を振り返る。成長する翔子さんを見てかわいいと思ってもどうしても現実を受け入れられない。苦しみから抜けだそうと泰子さんは書に没頭するようになった。翔子さんのゆりかごの横で、毎日書き続けた。
「翔子が5才になるときでした。お友達ができたらいいねという気持ちで、ご近所の3人のお子さんと一緒に、私がお習字を教えることにしたんです。驚いたことに翔子は筆の持ち方など最初からほぼ完璧でした。ゆりかごの中から私のすることを全部見ていたんですね」(泰子さん)
書で自信をつけた翔子さんは小学校で友人もできるようになった。しかし、4年生のときには普通学級への登校を拒否されてしまう。
「ひどいと思いました。でも、そのおかげで翔子は書道に没頭することができたのです。何時間でも、夜中でも書くようになりました」(泰子さん)
そしてこのころ、毎日「般若心経」を書き始めた。「1日に1枚、4日で276文字の全文を書き終わる計算です。1行書いては、翔子は必ず泣いていました。でもこの10年の基礎があっていまがあるんですね」(泰子さん)
撮影■疋田千里
※女性セブン2010年12月9日号