【書評】『バランスシートで考えれば、世界のしくみが分かる』(高橋洋一著/光文社新書/777円)
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
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いま日本は、1000兆円の負債を抱え、国民一人あたり800万円の借金を抱えている――。財務省はメディアでしきりにこう喧伝するが、「実際に財務省でその係」だった著者によれば、それは一面的な事実でしかない。「財務省がいうことは、発言の範囲では嘘はありません。ただし、全部はいわないのです。都合の悪いことはいわないでおくのですが、嘘はついていない。立派なものです」。
財務官僚たちが、あえていわない「都合の悪いこと」とは、特別会計の実像であり、そのさきにある特殊法人、つまり天下り制度のカラクリである。そのために彼らが使う強力な武器は、数字だ。したがって著者もまた、たぐい希なる数字のセンスを駆使し、建国以来はじめて国家財政を「バランスシート」にのせるシステムを構築した。結果、国民のまえに浮かび上がったのが、計18種類もある特別会計の不可思議な実態と、「埋蔵金」の存在である。
埋蔵金といっても、霞が関の地下に金塊や小判が隠されているわけではない。「特別会計ごとのバランスシートで……資産が負債を上回るとき」の「差額」を指したものだ。そこで顕在化した40兆円の埋蔵金の存在を、官僚らは「ない」というが「会計的には明らかに存在」している。
この埋蔵金も含め、特別会計が貯めこむ資産のなかには、天下り先である特殊法人への「出資金や貸付金」がある。本社である国の財政はとてつもない負債を抱えているというのに、子会社である特殊法人は、内部留保がありながらも廃止を恐れ、この出資金を手放そうとしない。
ここで冒頭に話を戻すと、財務省がいわなかったこれら資産は、総額700兆円ある。つまり資産と負債のバランスでみると、実質的な負債は300兆円。1000兆円という数字は、一種の増税キャンペーンなのである。ほかにもデフレと少子化の相関性、円高の理由といった「ニュース記事も面白く読める」ようになる、知的で刺激的な“脳トレ本”である。
※週刊ポスト2011年3月4日号