世界各国で繰り広げられている産業スパイを巡るギリギリの攻防。各国が対策に躍起になる中、日本だけは「スパイ天国」だという。ジャーナリストの松井豊氏が日本の実態をレポートする。
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「外国から見て日本ほど『産業スパイ天国』の国はありません。これには日本人のモラルの低下も影響しています。日本人技術者ら自らによる企業機密の流出も絶えません」
こう話すのは、海外経験が豊富な日本の大手電機メーカー元幹部のAさんだ。エンジニアのAさんは数年前、世界的に躍進している韓国の有名電機メーカーにヘッドハントされて50代で日本の会社を依願退職。以降、ソウルで薄型テレビの開発に携わっている。
このAさんが匿名を条件に韓国での生々しい体験を打ち明ける。
「その韓国企業では、ライバルであるソニーの薄型テレビの次年度の生産計画を、作成した前年度の直後に入手し、ソニーの動向を丸裸にしていました。日本駐在の社員がソニー内部の情報提供者に簡単にアクセスし、入手しているようでした。私に対しても出身企業の生産計画を入手してほしいと頼んできましたが、私は産業スパイではありません、とはっきり言って断わりました」
販売計画だけではなく、商品力を左右する技術も流出し、その結果、国際競争で日本メーカーが韓国勢に敗れる事態となっている。その顕著な例がブラジルで起きている。
2006年、ブラジルはテレビのデジタル放送の技術で日本方式を採用することを決めた。ブラジルでの導入を皮切りにペルーやウルグアイなど南米では日本方式の採用決定が相次いだ。標準化獲得競争では弱い日本が欧米に勝った数少ない事例として注目された。しかも、南米はブラジルを中心に大きな経済成長が見込まれる地域であり、日本の電機メーカーにとってはテレビ商戦で優位に立てるチャンスだった。
ところが、肝心の薄型テレビのシェアは09年時点で、韓国のサムスンとLGの2社で50%以上を占め、日本のソニーとパナソニックはその半分にも満たない。完全に韓国勢に敗れているのだ。
この理由についてAさんはこう解説する。
「ブラジルが日本方式の採用を決めた直後、韓国メーカーは東京に即座に対策チームを置きました。その狙いは、日本メーカーからデジタル放送の技術者を引き抜くことでした。何人か引き抜いた結果、日本方式を分析し、それに合ったテレビを日本メーカーより早く開発して市場を押さえることに成功したのです」
Aさんが働く韓国メーカーのテレビ部門では常に中途採用した50人程度の日本人エンジニアを抱え、早期退職した人材だけではなく、30代の若手の優秀なエンジニアも含まれているという。「優秀であるが故に自分の意見を主張するタイプで、日本企業が使いこなせないために飛び出た人が多かった」とAさんは話す。賃金は、日本企業で働いていた当時の年収の2倍近くもらう場合が多いという。
※SAPIO2011年3月9日号