フランスの自動車メーカー・ルノーは日産自動車と共同開発中の電気自動車(EV)の技術を外部に漏えいしたとして今年1月、幹部社員3人を懲戒解雇にした。漏えい先は中国だとみられている。「水面下で悪質な技術流出が進んでいるようだ。そこには日本人のモラルダウンの影がちらつく」と指摘するのはジャーナリストの松井豊氏だ。
* * *
「某自動車メーカーの現役社員が瀋陽の中国メーカーに図面や生産ノウハウの入った資料を700万円で売っていたのを目撃した」
こう話すのは、三菱自動車工業を退職後、中国メーカーで技術指導しているBさんだ。Bさんに対しても中国メーカーは「三菱の設計図などを入手してくれ」としつこく頼んできたが、断わったという。
「ある日、A4で50ページの機密資料を持っているが、1枚70万円で3500万円なら売ってもいいと冗談で言うと、向こうは本気にして『エンジン関係の情報なら内容によっては2000万円まで出す用意がある』と言ってきました」
さらにBさんは機密情報が漏れる危ないケースとして、日本企業が中国企業への技術供与を正式契約した場合を挙げる。契約に基づいて日本人エンジニアが現地に指導に出向いた際に、その人物を金で「買収」して契約にない情報や技術までも聞き出す傾向にあるというのだ。海外経験が豊富な日本の大手電機メーカー元幹部はこう言う。
「技術流出、産業スパイと様々な呼び方がありますが、結局はモラルの問題になる」
また、中国で台頭する設計会社も厄介な存在になっているという。自動車のデザインから設計、試作まですべてを請け負う会社のことだ。中国の自動車メーカーはこうした設計会社に開発を丸投げしているケースがある。しかも、こうした会社のエンジニアは日本企業を早期退職して力を持て余している人材を積極的に受け入れている。
その著名な設計会社に「IAT」(本社・北京)がある。IATについて大手紙記者はこう説明する。
「経営者は三菱自動車の乗用車開発拠点(愛知県岡崎市)で勤務していた中国人のエリートエンジニア。その人脈を使ってIATは岡崎市内に事務所を開設し、三菱OBを積極的にヘッドハントしている。60人近い三菱OBが北京事務所で勤務しており、その姿は三菱別働隊のイメージ」
三菱自動車は過去10年ほどで度々の経営危機を迎え、開発投資も絞り込み、エンジニアが活躍できる場が少なくなっている。こうした人材が中国大陸にやりがいを求めて新天地を求めているのだ。転職したエンジニアを単に責めるわけにはいくまい。前出の大手電機メーカー元幹部の場合も、勤務していた日本の会社が守勢に回り、新商品の開発を絞り込んだ結果、自分の技術が採用されなくなったことに失望して伸び盛りの海外企業への転職を決めた。
※SAPIO2011年3月9日号