世界規模の食糧価格高騰の要因のひとつに挙げられる投機マネー。食糧の高騰問題の黒幕について、産経新聞編集委員・特別記者の田村秀男氏が解説する。
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米国景気が少し上向き、世界はぼつぼつリーマン・ショック後の低迷から立ち直るかと思いきや、騒然としてきた。金融機関救済のために米連邦準備制度理事会(FRB)が垂れ流すドル発行量は平時の2.4倍に上り、その一部が金融機関の投機資金と化して穀物や原油市場になだれ込む。
国際商品価格の上昇は、各国の消費者物価を押し上げるが、地域や国によって影響度は異なる。中東・北アフリカやサハラ砂漠以南のアフリカ地域が最も影響を受けやすい。アルジェリア、チュニジア、エジプト、イエメン、リビア、バーレーン、イランなどと中東・北アフリカで騒乱が続いているのは偶然ではないし、インフレが長期独裁の政治体制への不満を一挙に爆発させた。
一体、どこの何者が、どういうからくりで穀物や原油の相場を押し上げるのか。エジプトの食糧高騰に至る道筋をたどってみると、2010年8月初めのモスクワに行き着いた。世界最大の商品トレーダー、グレンコア社(本社スイス・バール市)の国際穀物部門の幹部は当時、モスクワでメドべージェフ政権に対し、「ロシア産穀物の輸出禁止の大統領令を出すべきだ」としきりに説いていた。表向きの理由は、旱魃のために小麦が不作で国内需要を満たせるかどうかはっきりするまで、9、10月の輸出用の出荷を止めるべきだ、という。だが、本音は値上げの実現である。
当時、国際穀物市場では「ロシア不作」の情報が流れ、穀物相場が急上昇を続けていた。この結果、南ロシアの穀物は産地渡し価格でトンあたり218ドルまで上がり、さらに業者は輸出港までの運送費などで50ドルを負担する。ところがエジプト向けの契約では240ドルで引き渡す約束で、巨額の赤字になる。そこで大統領命令をお墨付きにして「不可抗力条項」を適用し、大幅な値上げを輸入側にのませる戦術である。
ロシア農業省次官はこれを拒否し、「在庫は十分あるので輸出に支障はない」との見解を英フィナンシャル・タイムス紙に流した。ところが、メドべージェフ大統領はその2日後、グレンコアなど輸出業者の要請を全面的に受け入れた。中東・北アフリカ向けの穀物価格は急騰し、アルジェリア、チュニジア、エジプトなどと民衆の怒りが爆発していく。
グレンコアは非上場で謎が多いが、世界40か国にオフィスを持ち、2009年の売上高は1064億ドル(円換算約8兆9400億円)。1974年創業で、創始者は伝説的な商品トレーダー、マーク・リッチ氏(76歳)である。
ご法度のイラン貿易に手を染めたり、脱税の容疑で米国から17年間以上も国際指名手配された揚げ句、2001年1月20日のクリントン政権の最後の日に大統領特赦を受けた。イスラエルやクリントン財団に莫大な寄付を行なったからである。リッチ氏はグレンコアを94年に仲間の業者に売却、現在はスイス・ルーサーン湖のほとりの豪邸で、ピカソやルノワールなどの名画に囲まれ悠々自適の生活だが、その国際政商としてのパワーは遺伝子として現経営陣に引き継がれている。
※SAPIO2011年3月30日号