東電の供給管内ではない福島(東北電力管内)に、なぜ東電の原発があるのか。2007年の中越沖地震で緊急停止した柏崎刈羽原発も、設置は東電だが、所在地は東北電力管内の新潟。両原発ともに、福島や新潟には電気をほとんど供給していない。
日本の原子力発電の歴史は1955年の原子力基本法制定に始まり、1966年に日本原子力発電(※1)の東海発電所(茨城県)が運転を開始した(1998年に稼働終了)。
そして、1970年代に起きたオイルショックが原発建設を加速させる。国が発電の原子力シフトを打ち出したことにより、福島第一原発のほか、関西電力の美浜原発や高浜原発(いずれも福井県)、中国電力の島根原発などが相次いで運転を開始した。1974年には電源三法(※2)が制定され、受け入れる自治体に補助金を交付する仕組みが作られた。
「有り体にいえば、原発建設に反対する住民を懐柔するための法律です。自治体首長たちは、補助金目当てに発電所誘致に名乗りを上げ、住民の間にも誘致が決まれば地元が潤うと賛成する者が増えた。その結果、東電の原発が管内とは別のエリアに建設されるようになった」(経産省OB)
受け入れ自治体にとって電源三法の旨味は、5~6年を要する工事期間にある。経産省が示すモデルケースによれば、建設中は年間80億円近い補助金が交付されるが、稼働後は4分の1に下がる(出力315万キロワット規模の発電所の場合)。固定資産税収入も減価償却で年々減少する。
「誘致した自治体は歳入減を避けたい。“1機誘致したら2機も3機も変わらない”と、新規建設を受け入れていく」(同前)
そして、福島第一にはあのような原子炉が6基も並び、世界に例のない原発銀座ができあがった。
(※1)日本原子力発電/1957年、原子力発電の事業化のために設立された原子力発電専業の会社。現在、東海第二発電所や敦賀発電所の運転操作を行なう。筆頭株主は東京電力。
(※2)電源三法/1974年に定められた「電源開発促進税法」「特別会計に関する法律(旧・電源開発促進対策特別会計法)」「発電用施設周辺地域整備法」のこと。施設周辺の公共施設の整備を促し、地域住民の福祉向上を図ることで、電源立地のメリットを地元に還元することが目的。
※週刊ポスト2011年4月8日号