福島第一原発から約22km。福島県双葉郡で、原発作業員の“心の拠り所”となっているのが「民宿ひろの」である。自主避難地域にもかかわらず、3月末から原発作業員の宿泊施設として宿を開いている。女将は30過ぎの作業員が宿に戻ると、「お帰りなさい」と声をかけていた。
彼はほっとした表情を浮かべている。
「カレーもうすぐできるから、ちょっと待っていてね」
手が足りないため作業員たちは、自分でよそって食べているようだ。テーブルでは、彼らの間で、他愛もない会話が展開されていた。
「おまえ、肌艶いいなァ。かあちゃんとこにこっそり帰ってるんじゃねえか」
「バカ、んなわけねえだろ」
そのやり取りを見て女将は笑った。
「皆さん、東電から呼ばれたのかと思っていたら、『いや、志願してきました』『国の一大事ですから』だって。偉い人たちです。あの子たちが頑張っている限り、そしてこの宿にまたお客さんが戻ってくる日まで、私たちはここを離れませんよ」
テレビのニュースで原発の動向が報じられると作業員たちは目を向けるが、すぐに会話に戻っていく。ここは、彼らにとっての“日常”を味わう場所なのだろう。
※週刊ポスト2011年5月6日・13日号