ついに国際評価尺度で「レベル7」という深刻度に達した福島第一原発事故。幾度となく比較対象として取り上げられているのが同じ「レベル7」の1986年のチェルノブイリ原発事故だ。この事故はなぜ起き、ソ連という国家にどんな影響を及ぼしたのか。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が得たロシア要人の貴重な証言から、日本が危機にどう対峙すべきかを導き出していく─。
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ロシアにゲンナジー・ブルブリスという連邦院(上院)議員がいる。エリツィン大統領の初期のブレインで、国務長官をつとめソ連崩壊のシナリオを描いた人物だ。
当時、どういうわけか筆者はブルブリスに気に入られ、所長を務めていた「戦略センター」だけでなく、ブルブリスの自宅や別荘への出入りを認められた。ブルブリスを通じ、クレムリン(大統領府)、政府の要人、議会幹部とも個人的に親しくなった。93年春、ソ連崩壊について、ブルブリスはこんな話を筆者にした。
「マサル、分かるか。1991年8月のソ連共産党中央委員会によるクーデターは、政治的チェルノブイリだ。ソ連共産党中央委員会という原子炉の中心が制御不能になり爆発した。86年4月のチェルノブイリ原発事故はソ連システムの欠陥が破滅的段階に至っていることの証左だった。
チェルノブイリ原発事故とクーデターは相似形をなしている。このことを押さえておけば、現在、ロシアが抱えている問題の複雑さを正確に理解することができる。ロシアは二重の苦難を抱えている。
放射性物質で汚染されたソ連体制の瓦礫を処理することは不可欠だ。議会がまさに汚染物だ。それと同時に新しいロシアを建設していかなくてはならない。原発事故が起きた後に安全な発電所を建設しなくてはならないのと同じだ」
ゴルバチョフ元ソ連大統領も回想録で、〈チェルノブイリ原子力発電所の事故は、わが国の技術が老朽化してしまったばかりか、従来のシステムがその可能性を使い尽してしまったことをまざまざと見せつける恐ろしい証明であった。それと同時に、これが歴史の皮肉か、それは途方もない重さでわれわれの始めた改革にはねかえり、文字通り国を軌道からはじき出してしまったのである〉(ミハイル・ゴルバチョフ[工藤精一郎/鈴木康雄訳]『ゴルバチョフ回想録 上巻』新潮社、1996年、377頁)と述べている。
チェルノブイリ原発事故の処理を誤ったためにソ連は崩壊したのである。チェルノブイリ原発事故を通じ、ロシア人は国家権力の中枢を強化することが、国家と民族の生き残りのために不可欠であることを学んだ。
※SAPIO2011年5月4日・11日号