福島第一原発では、1730人ほどが連日、復旧作業に当たっている。被曝の恐怖と戦いながらの作業は想像を絶するものだろう。しかし、政府はそうした作業員の命を軽視するような対応をしている。
「国のために危険な作業をしてもらっているのだから、最悪の事態に備えてあげるのが国の責任。ところがそれができていない。取るべき方法があるにもかかわらず、です」
こう憤るのは、東京・虎の門病院血液内科部長の谷口修一医師である。彼のいう“取るべき方法”とは、大量被曝に備えた造血幹細胞の事前採取のことだ。
大量に放射線を浴びた場合、造血幹細胞や生殖細胞が傷つけられ、白血病を発症する可能性が高くなる。そこで、自らの幹細胞を予め採取・保存しておき、移植できるようにしておく。移植が成功すれば、約2週間で造血機能は回復する。
谷口医師は、原子力安全委員会緊急技術助言組織や東日本大震災対策委員会などに、造血幹細胞の事前採取を提案した。だが、細胞の採取には50万~60万円の費用がかかる。その多くは、日本ではまだ未承認の薬剤「モゾビル」などの薬代が占めているため、独自に製薬会社にかけあって無償提供の確約までとりつけた。
ところが原子力安全・保安院は、3月25日に「必要ない」と回答してきた。望みを断たれたかと思いきや、今度は政治が動き出す。谷口医師は3月27日には福山哲郎・官房副長官、翌28日には仙谷由人・官房副長官に官邸に呼ばれ、直接説明。前向きな回答を得たという。
「福山官房副長官は『政府が上からやれとはいえない。だから防衛省や東電には話しておきます』、仙谷官房副長官には『未承認薬の件は厚労省にはいっておくから、早くおやりなさい』といわれました」(谷口医師)
しかし翌29日、原子力安全・保安院が再び「必要ない」との回答書を送る。政権中枢にいる2人が揃って太鼓判を押しながら、舌の根も乾かぬうちにそれが打ち消される。官邸の機能不全ぶりをよく物語っている。
谷口医師は、まさに二転三転の対応に、「何か大きな力が働いているとしか思えないです」と語った。
原子力安全・保安院同様、原子力委員会も造血幹細胞の事前採取を「不要」としているが、その理由として挙げているのが「作業従事者にさらなる精神的、身体的負担をかける」ことなどだ。
しかし、普通に考えれば、万一の備えがあるほうが作業員の精神的負担は軽くなるのではないか。
※週刊ポスト2011年5月27日号