2008年に起きたイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で横浜地裁は当直士官2人を無罪とした。先の海難審判では「あたご」側の監視が不十分としており、裁きが分かれた。それだけどちらの過失か判断が難しいということだろう。しかし、相も変わらず多くのメディアでは、事故当初から自衛隊悪玉論がまかり通っている。評論家の潮匡人氏が問題点を指摘する。
* * *
2度あることは3度ある。
海自イージス艦「あたご」と、漁船「清徳丸」の衝突事故で、横浜地裁は「衝突の危険を発生させた清徳丸の側が、あたごを回避すべき義務を負っていた」と判示。自衛官に無罪を言い渡した。
判決は至当だが、これまでの過程は当を得ない。一昨年の海難審判は「あたご」の見張り体制の不備が主因と裁決した。不当な審判を誘導したのはマスコミ世論である。
なかでも朝日新聞が罪深い。航跡その他の事実関係すら不明な事故翌朝の08年2月20日付「天声人語」で「逃げも隠れもしない漁船を避けるのに、最先端の探知システムなどはいらない」「責任感。それで足りる」と揶揄。
社説で「気づくのも回避行動も遅すぎた」と断定した。送検を受けた社説でも「怒りがこみ上げてくる」「たるみは海上自衛隊の組織全体に広がっていた」(08年6月26日付)と断罪した。海難審判を受けた直後の社説(2009年1月23日付)は「人はだれでも過ちを犯す」と書き出したが、天に唾した言葉と評し得よう。
無罪判決を報じた5月11日付夕刊社会面のヘッドラインは「遺族『無罪あり得ぬ』」。過ちを犯した自覚があるなら、悪質な世論誘導である。事実、13日付社説は「無罪でも省みる点あり」と題し、「慢心や怠りはないか。いま一度、安全の徹底を求めたい」と結ぶ。
海自を責める前に、自ら反省してはどうか。すぐ自衛隊を悪者扱いする姿勢は、今に始まったことではない。
1988年7月23日の潜水艦「なだしお」と釣り船「第一富士丸」の衝突事故を思い出す。事故翌日付の朝日社説は題して「潜水艦側の責任を問う」。名実とも一方的な責任追及を掲げた。また、7月29日付社説でも「自衛隊側の不手際がはっきりした」と断じ、「自衛艦には、かねてから『わがもの顔』的な行動が少なくなかったという」と非難。
加えてこの時は毎日新聞の「『助けて!』の叫び黙殺 『自衛隊は乗客を見殺しにした』」(88年7月25日付夕刊)との報道が拍車をかけた。朝日も「腕組みして眺めるだけ」と追随。NHKニュースも「人命軽視」と報じ「こんな自衛隊はいらない」等々、非難の声だけを流した。
後日、この「見殺し」報道を生んだ「証言」が真っ赤な嘘と判明。事故調査にあたった海上保安庁の長官が「海上自衛隊の印象を悪くしたが、事実ではなかった」と否定した。「印象を悪くした」どころの話ではあるまい。だがマスコミはほとんど謝罪も訂正もせず、反自衛隊報道を繰り返した。
朝日は「『なだしお』航泊日誌を改ざん」(1989年11月15日付)とも報じたが、後日これまた虚報と判明。横浜地裁判決で釣り船側の過失も認定されたが、覆水盆に返らず。訴訟を通じ、潜水艦の能力を推知させる情報が漏洩した。
1971年に全日空機と自衛隊機が空中衝突した「雫石事故」も同様である。事故翌日から各紙一斉に「世界最大の無謀操縦」「反省したのか自衛隊」などと報じた。全日空側の過失を問う論調は封殺され、「100パーセント自衛隊機の過失」(71年12月14日付共同)と報ずる記事さえあった。
最高裁で全日空側の過失も認定されたが、誤報を謝罪したマスコミはない。
※SAPIO2011年6月15日号