【書評】『マイケル・サンデルが誘う「日本の白熱教室」へようこそ』(SAPIO編集部・編/小林正弥・協力/小学館/1050円)
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
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「正義の戦争」はあるか――。神奈川大学で「国際政治学」を教える石積勝副学長が、半円状に着席した約一五〇人の受講生を前に、こう投げかける。その後「ある」、「ない」、「意見が固まっていない」、三つの考えで席替えをし、授業は開始される。
おそるおそる口火を切るのは「ない」と考える学生。「人を幸せにするのが正義と考えると納得できる。戦争は人を不幸にする。だから正義の戦争はないと答えたい」。そこに「ある」と主張する学生が挙手。独自の正義をかかげてナチスを立ち上げたヒトラーを例にとり、「正義は主観によって違ってくる。だからその人にとっての正義の戦争はあると思う」。
そこへ「『正義の戦争』の定義を教えてください」と、戸惑う学生のひとりが「助け船」を求めるが、石積教授は、「ここで議論することが、一人ひとりの答えにつながるのではないだろうか」と差し戻す。その瞬間、九〇分の授業はいっきに「白熱教室」へと変貌する。
本書に収録された計8コマの「日本の白熱教室」を“受講”してみると、宗教、国際政治、倫理、哲学といった「根幹の問い」に対し、日本の若者たちもまた、この「対話型講義」に触発され、自己を再発見している様子がびりびりと伝わる。詰め込み式の日本の教育システムに対する、じつに健康的な反動の兆しではないか。
本家、マイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」は、ディベート好きなアメリカでしか成り立たない授業スタイルではないか、と見るのは早計だ。知識や経験のまだ浅い学生たちこそが、「根幹の問い」への本質的な答えを求めて模索しているのである。読者もふと、教室の片隅にいるかのような臨場感を得るはずだ。
本書1コマ目のサンデル教授のインタビューにくわえ、2コマ目“読者への特別講義”では、サンデル教授を日本に紹介した千葉大学の小林正弥教授が、「ステレオタイプの言説に飽きている多くの人びとの心を魅了」する対話型講義の秘密を明かしてくれている。
※週刊ポスト2011年6月17日号