「食の安全は大切」「消費者のため」お役所が“正論”を振りかざして規制強化を口にする時は、気を付けたほうがいい。よく見ていくと、その裏では、役人が規制によって食の安全を“喰い物”にしている実態が浮かび上がる。元行政改革担当大臣の補佐官で政策工房社長の原英史氏が解説する。
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食中毒で怖いのは、O-157など動物の腸内細菌が原因となる腸管出血性大腸菌感染症。その患者は年間3000~4000人にのぼるという。自治体の担当者らは、2002年以降毎年、厚労省に生肉基準を「罰則付き」に格上げするよう要請していた。しかも、政府は2009年に、「旧来の生産者寄りの行政から、消費者本位の行政に」という謳い文句で、食の安全を掲げた「消費者庁」を鳴り物入りで設立した。
以前、汚染米流通事件やBSE(狂牛病)問題で、生産者寄りの行政や、省庁の縦割りが被害拡大を招き、その反省が消費者庁設立の流れを作った。こんな事故を繰り返さないための新設だったはずだ。同庁は何をやっていたのか?
実は、彼らが生肉そっちのけで最優先に取り組んできたのが「こんにゃくゼリー問題」。ミニカップ入りゼリーを子供や高齢者がのどに詰まらせてしまうという問題だった。
消費者庁では昨年、「こんにゃく入りゼリー等の物性・形状等改善に関する研究会」を設置。「破断試験」や「滑動試験」などを通じて製品の特性を分析し、「豆腐やプリンは破断されるが、こんにゃくゼリーは破断されない」などの結論を得ている。
そんなことは大仰に実験して証明するようなこととは思えないが……いずれにせよ、この結果に基づき、昨年12月、ゼリーの形状を「気管の大きさ(内径約1cm)より小さくする」か、逆に「そのまま飲みこめないようにする」という「参考指標」を公表した。
こんにゃくゼリーによる窒息事故は、消費者庁の把握では1994年以降の17年間で数十件。なぜ、毎年3000人以上の患者が出ている生肉などの規制より優先されたのか?
それは、いわゆる「すきま事案」の代表だったからだ。「すきま事案」とは、個別法令や縦割り行政の狭間で取り締まりできない案件のこと。
食品の安全を定める法律には、厚労省の「食品衛生法」と農水省の「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)がある。
食品衛生法は「衛生上の危害の発生防止」が目的だが、こんにゃくゼリーは「衛生」の問題ではない。一方の「JAS法」は表示に関する規制なので、こちらでも一定形状を禁止する規制はできない。こういう事案への対応のため、「消費者庁が不可欠」と強調されてきた経緯がある。
消費者庁にとって、こんにゃくゼリーはいわば生みの親。組織の存在理由証明のため、全力で取り組む必要があった。だがその陰で、「すきま事案」以外の、生食肉のような典型的な食品衛生問題が疎かにされたのだから、これでは縦割り行政の見直しどころか、縦割りが1つ増えただけではないか。
※SAPIO 2011年6月29日号