15基(廃炉作業中の「ふげん」を含む)の原子炉を抱える“原発銀座”若狭湾。福井県小浜市は、その若狭湾のほぼ中央に位置する。若狭湾に面する福井県の自治体は、西から高浜町、おおい町、小浜市、若狭町、美浜町、敦賀市……と続くが、この中で原発が立地していないのは小浜市と若狭町だけだ。その小浜市が新たな動きを見せている。ジャーナリストの及川孝樹氏が報告する。
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本堂と三重塔が国宝に指定されている小浜市の古刹・明通寺。静かな境内で、住職・中嶌哲演さん(69歳)に話を聞いた。中嶌さんは、地元の市民で構成される原発反対運動の中心メンバー。沈痛な表情でこう語った。
「福島県の浪江町も、原発に反対して誘致しなかった。でも今回の事故で、避難を余儀なくされている。とても他人事とは思えません」
1960年代後半以降、小浜にも原発の誘致話が何度も持ち上がったという。地方自治体の苦しい財政事情の中で、原発がもたらすさまざまな恩恵の“誘惑”に駆られるのも無理はない。
しかし、中嶌氏はこう言う。
「原発マネーは怖い。多くの雇用などをもたらす電力会社や推進派に義理立てし、やがては安全性に対する疑念すら、住民自ら口を閉ざしてしまう。これは原発ファシズムと言うべきものです。小浜の市民はその巨大な力と向き合い、ノーを貫いた。市内で誘致を推進した勢力にも、そうした民意に耳を傾ける良識があった。この流れはその後、小浜の伝統になりました」
そして小浜市は今、新しい動きを始めている。
松崎晃治小浜市長(53歳)が、「安全協定」に基づく運転再開協議などで、「隣接」であっても「地元」並みの発言権や調査権を求める考えを示した。
さらに小浜市議会では「脱原発」を求めた意見書を6月9日に全会一致で可決、国に提出した。
市議会の池尾正彦議長(68歳)は、こう決意を語る。
「命の安全がなければ、そもそも原発の恩恵は意味がない。小浜市民の命を守ることは議会の責務。福島の悲劇を繰り返してはならない、という強い気持ちから、議会の意思を表明しました」
“脱原発”へと声を上げる小浜市。しかし、それは小浜市だけのためではない、と前出の中嶌さんは付け加えた。
「地図を見て下さい。若狭湾に立地する原発から30km圏内に、琵琶湖があります。大阪・京都といった大都市を支える水がめすら、原発の脅威に直面している。大都市に住む人々にも、原発を自分の問題として考えてほしい」
隣町が潤う中であくまでも原発を拒み続け、しかし巨大なリスクを抱えた自治体――この言葉は重い。
※SAPIO2011年8月3日号