東京・西荻窪にある人気パン店「リスドォル・ミツ」では、4月18日以来、福島県出身のパン職人が働いている。福島第一原発から16kmの地点にある、福島・楢葉町でパン店「アルジャーノン」を営んでいた八橋真樹さん(39)だ。
八橋さんは、原発事故のため3月12日に緊急避難を余儀なくされた。当初は「すぐに戻れる」と思っていたが、結局、一度も戻ることができないまま避難所や親戚宅などを転々としていた。
4月初旬、そんな八橋さんの元に1本の電話がかかった。「うちで働いてみないか」。
その電話の主が、「リスドォル・ミツ」のオーナー・廣瀬満雄さん(60)だった。八橋さんは8年ほど前、廣瀬せんが講師を務めたパン作りの講習会に参加したことがあり、廣瀬さんも八橋さんのことが気がかりだったという。
こうして「リスドォル・ミツ」では、八橋さんを含めてふたりの被災者が働くようになった。八橋さんは当時の心境をこう振り返る。
「1か月ぶりにパンの生地に触れたときは本当に嬉しかったです。福島に戻りたい気持ちは強いけど、現実と思いはつながりません。いまは、働けることに喜びを感じています」
しかし、多くのお客さんが励ましてくれる一方で、心ない言葉をぶつけられることもあった。たまたま来店したある客が八橋さんのことを知り、
「このパンは福島の人が作ったの? 怖いからまたにしとくわ」
といって何も買わずに帰ってしまったのだ。八橋さんはこの話を聞いたとき、目に涙をため声を詰まらせた。
「悔しいです。ただそれだけでした。ぼくたちは本当に普通に、普通に生活していただけなんです。それなのに…」
廣瀬さんがいう。
「1000人にひとり、1万人にひとりかもしれませんが、こういった人がいることに大きな憤りを感じます。私は後から報告を受けたんですが、もしその場にいたら蹴飛ばしてましたよ」
もちろん、被災者の人が被曝していたとしても、それがパンに移ることなどありえないことだ。廣瀬さんはこの一件をあえてフェイスブックに書き込んだ。そして、その反応を八橋さんに見せた。
「“頑張れって応援してくれている人も数多くいるんだ。だから放射能なんかに負けるんじゃない。風評被害や差別に負けるということ自体が、もう放射能に負けていることになるんだ”そういって彼を励ましました。彼は号泣していました」(廣瀬さん)
※女性セブン2011年8月11日号