8月4日、心筋梗塞のため亡くなったサッカー元日本代表・松田直樹さん(享年34)の告別式が9日、故郷である群馬・桐生市の斎場で営まれた。中田英寿(34)や元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏(56)ら約1700人の参列者が早すぎる死を悼んだ。そんななか、焼香もせず、遠くからそっと手を合わせる女性がいた。それは、昨年8月、松田さんと離婚した元妻・A子さんだった。
離婚後、3人の子供たちを連れて、神奈川県内の実家で静かに暮らしていたA子さんは、知人から、松田選手が練習中に倒れ、松本市内の病院に搬送されたと知人から聞かされた。A子さんは、すぐに子供たちを連れ、長野へと向かった。
しかし、待っていたのは思いもかけない対応だった。A子さんの知人はこう明かす。
「病室前で、松田さんの母・正恵さんから、“あなたには病室にはいってほしくない”と面会を断られたそうです。それでなんとか子供だけでもとお願いして、子供たちは父親と対面を果たせたんです」
生死の狭間にいた松田さんの前で繰り広げられた元嫁姑の激突。松田家を知る人物はこう話す。
「正恵さんにしてみれば、息子がこんなことになったのには、A子さんとの離婚問題も影響したのではと思っているんです。ですから、息子を苦しめたA子さんに対し、“あんたに死に水は取らせない”という思いだったのだと思います」
しかし、これにはA子さんも大きなショックを受けた。翌3日に一度、実家へ戻ったA子さんだったが、4日、“どうしてももう一度会いたい”と再びひとりで病院へと向かう。道中、彼女は一度だけ時計を見た。時刻は午後1時6分。A子さんは、そのときの思いを、こう語ってくれた。
「運転をしながら、ふと“ああ、もうダメかもな…って思って、時計を見たら、ちょうどその時間だったんです」
午後1時6分、松田さんは息を引き取り、帰らぬ人となっていた。病院に着くと、亡骸となった松田さんへの面会だけは許された。病室にはいると、トレードマークの背番号3のユニホームを着た彼の姿があった。
「すごく笑顔で、いい表情をしていました」
そう涙を流しながら、松田さんとの最後の時間について語ってくれたA子さん。一方、正恵さんに取材を申し込むと松本山雅FCの広報を通じて、「お断りもしていないし、最終的には、お会いにもなっている」との返答だった。
冒頭の告別式、子供たちは出席したが、A子さんの姿はなかった。
「正恵さんから“葬儀には来ないで。参列は子供たちだけ”とA子さんはいわれたそうです」(前出・A子さんの知人)
人知れず松田さんを送ったA子さんは、いまの気持ちをこう話してくれた。
「子供たちが頑張っているのに、私がいつまでもメソメソはしていられません。本当に、子供たちがいるだけで、元気づけてくれます」――真夏の太陽の下、3人の子供たちは、パパの立派な葬儀をしっかりと目に焼きつけていた。
※女性セブン2011年8月25日・9月1日号