第95代内閣総理大臣となった野田佳彦氏(54)。よくいう“地盤、看板、鞄”をもつ世襲議員とは違い、決して政界エリートとはいえない彼が、ここに辿り着くまでには幾多の試練があった。
千葉県船橋市出身の野田首相は、自衛官の父をもつ一般家庭に生まれ育った。地元でも有数の名門公立高校に進学した野田首相は、毎日部活に明け暮れた。柔道部に所属し、レギュラーではなかったが練習熱心な生徒だった。当時の同級生はこう語る。
「地味で、目立たず、大人しいという印象でしたね…。ただ卒業アルバムの写真撮影のときに、そんな野田が、いきなり菊の花を口にくわえてきて、そのまま写真を撮ったんです。そんなことするようなタイプじゃなかったから度肝を抜かれましたね」
このころから、彼は気心知れた仲間にこんな話をしていた。
「柔道部のメンバーで夜通し話をしたことがあって、野田は、“いまの社会の有り様は違うんじゃないか?”なんて寝ずに熱く語っていたことがありました」(柔道部の友人)
ちなみに硬派な性格だけに女っ気はからっきし…。
「私、同じクラスだったんですけど、実は1回も話したことないんです。彼が政界に進出してからクラスの女子と集まったとき、みんな口を揃えて、彼と“しゃべったことない”っていってました。正直、モテるというタイプではなかったですよ(笑い)」(同級生の女性)
早稲田大学政治経済学部進学後は、田中角栄の金脈を追及した立花隆氏に憧れ、ジャーナリストを志す。だが、大手マスコミに就職活動中、偶然、松下政経塾第1期生募集の広告を見つける。このとき、野田首相は初めて“ペンを通じてではなく、自分でやってみよう”と政治家になる決意をしたという。
※女性セブン2011年9月15日号