タイに同国初の女性首相・インラック首相(タクシン元首相の妹)が誕生し、この国が再び注目を集めている。政情不安や国内対立が指摘される同国だが、大前研一氏は、問題の解決について、タクシン元首相の動向に注目。大前氏は、3つのシナリオを挙げ、タイ国内情勢の今後を予想する。
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問題は、今後インラック首相が国内対立を解消して国民の和解を実現するために兄をどう扱うか、である。ただし、これは新首相よりもタクシン元首相の立場から考えたほうがよいと思う。なぜなら国内対立の原因は、インラック首相ではなくタクシン元首相の側にあるからである。
私が考えるに、タクシン元首相の去就をめぐるシナリオは3つある。1つ目は、このままドバイなど自分を受け入れてくれる所に住み続ける。恩赦も求めず、もうタイの国内政治にはかかわらない。そのかわり、タイのために国際的なブレーントラスト(政府や政治家の相談相手となり各専門分野について助言する知能顧問団)やアドバイザリーボードを組織し、妹にプレゼントしてバックアップする。
2つ目は、タイに帰国して恩赦と裁判のやり直しを要求し、力ずくで復権を目指す。そして3つ目は、帰国して国王に恭順の意を示し、素直に刑務所に入って刑に服するというものだ。
このうちタクシン元首相自身の性格からすれば、2つ目のシナリオになる可能性が高いかもしれない。だが、それは最悪の選択であり、野党・民主党の思う壺だ。インラック首相は傀儡政権だと非難され、タクシン派と反タクシン派の対立が再燃して元の木阿弥になるだろう。
タクシンが選択すべきは3つ目のシナリオだ。彼さえ刑務所に入れば、インラック政権は安定すると思う。反タクシン派と民主党は、それ以上、追及のしようがないからだ。しかも、タイの場合は国王の前でひざまずいて詫びを入れたら、それですべてよしとなる。
王室との関係が修復すれば国民は安心するし、軍部も落ち着く。もしかすると恩赦が与えられるかもしれない。恩赦が与えられなくても、タクシンの刑は禁錮2年。いま62歳だから、刑期いっぱい務めたとしても、まだ64歳だ。その時、インラック政権の余命がまだ2年ある時期に、彼は完全なフリーハンドを得るのである。
ただし、そこで彼は政治的な野心を出さず、大所高所の立場から政策提言をしたり、大使になって外交に貢献したりするのが望ましい。それがタイにとってもインラック首相にとっても、最善のシナリオだと思う。
タクシン元首相が服役を甘受しない場合、次善の選択は1つ目のシナリオだ。彼は、あくまでもブレーンとして妹を陰ながらサポートすべきであり、インラック首相のほうも兄との距離を縮めないこと、兄のために便宜を図らないことが極めて重要だと思う。
※SAPIO2011年9月14日号