野田佳彦・新首相が誕生した代表選と首班指名前後の報道をたとえるなら、スーツを着込んだエリート記者たちが、ものすごく真剣な顔つきで、下手くそな「どじょうすくい」を踊っているようなものだった。
期待させておいて申し訳ないが、まずは笑えない話から。新聞でも報じられたから少しは話題になったものの、ほとんど問題にされずに葬り去られようとしている「NHKの大誤報」についてである。
民主党代表選が行なわれた8月29日。1回目の投票で1位が海江田万里・経産相、2位が野田佳彦・財務相になり、決選投票が始まった直後のこと。NHKは中継放送のなかで、5位に終わった馬淵澄夫氏の対応をこう報じた。
「馬淵前国土交通大臣は今日午前の出陣式で、自らの陣営に、決選投票になった場合は海江田経済産業大臣以外の候補者に投票するよう呼びかけました」
24票しか獲得できなかったとはいえ、中間派の馬淵陣営の票は、1回目で過半数に55票足りなかった1位の海江田氏にとって頼みの綱だった。他の中間派も馬淵陣営の動向には注目していたから、「馬淵は野田に乗った」となれば、こぞって勝ち馬に走る。
事実、もうひとつの中間派だった鹿野道彦・農水相の陣営は、「ジャケットを脱いだら揃って野田に投票」というサインまで決めていた。なんとか海江田氏を負けさせたかった大メディアは、これを“見事な作戦”と絶賛して報じた。
これは、1回目の投票や他グループの動向をギリギリまで観察して自分たちの身の振り方を決めるという、要するに「何が何でも勝ち馬に乗って甘い汁を吸う」ための涙ぐましいコウモリ戦術である。これを批判せずに「政策論争をせよ」という記者の神経を疑う。
NHKの報道は、すぐさま投票中の議員にも伝わった。ある馬淵陣営の議員はこう証言する。
「私自身はNHKの報道は知らなかったが、決選投票前に複数のマスコミからメールが来て、“馬淵陣営は野田さんに決めたんですか”と確認してきた。ああ、謀略情報が流れているなと感じました」
事実は全く違った。馬淵氏はその日の出陣式で、「今、増税はすべきでない。決選投票になれば、私は考え方が近い海江田さんに投票したいと思っている」と語っていた。180度違う内容である。
仮に事実の通りNHKが報道していれば、「勝ち馬組」は海江田氏に投票したかもしれない。そもそも、投票行動に影響を与える情報を投票の最中に報じることがおかしい。
NHKは「野田代表」が決まった後にシレっと「馬淵陣営は海江田支持でした」と訂正放送したが、これは馬淵陣営から抗議を受けたからで、そうでなければそしらぬ顔でバックレていたに違いない。
※週刊ポスト2011年9月16・23日号