野田内閣発足当日の9月2日、菅政権が衆院科学技術・イノベーション推進特別委員会に提出した東京電力の「事故時運転操作手順書」は、「秘密情報」を理由に全12ページのほとんどが黒く塗り潰されていた。
さらに同委員会理事会に追加提出された「シビア・アクシデント(深刻な事故)」対応の手順書も、やはり文書(A4判3枚)の大半が黒塗りされていた上に、理事たちの閲覧後に東電によって回収された。
これらの文書には一つの重大な疑惑がある。東芝で30年間、原子炉の設計や安全解析に携わり、事故以降、本誌で冷静な分析を述べてきた吉岡律夫氏の指摘を聞く。
「事故対応マニュアルは基本的にメーカーが作成する。原発の建設申請書には30ケース程度の起こりうる事故が列記され、マニュアルには事故ごとに操作手順が定められているからファイル数十冊分になります。
もう一つのシビア・アクシデント手順書は東電が2003年に作成したとされているが、東電が福島原発に想定を超える高さの津波が来る可能性を試算したのは2006年の報告書からなので、それ以前に作成されたマニュアルに適当な対応が載せられていたとは思えない。だから黒塗りで隠し、通常の事故マニュアルもそれと比較させないために黒塗りしたのではないか」
さらに吉岡氏は、「電力会社は運転員のトレーニングを共同で行なっており、操作手順書を共有している。そこに重大な企業秘密があるとは考えにくい。その点からも、黒塗りの理由が“杜撰な内容が明らかになるのを恐れたから”と考えられる」と付け加えた。
しかも驚くことに、手順書について、特別委員会に出席した保安院の審議官は「見るのは初めてです」と語っている。
東電にまともな事故マニュアルが存在せず、原発の安全管理を担当する保安院は事故マニュアルを見たことがなかった――そんな原子力行政のお寒い実態こそ、国民に隠さなければならない「国家機密」だったのである。
※週刊ポスト2011年9月30日号