その緊急性と困難さから、「除染作業」は福島第一原発事故後の処理の中でも最重要課題となってきている。しかも、徐々に判明してきた巨額費用を巡り、政官財の思惑が入り乱れ、避難住民たちが望まない可能性まで取り沙汰され始めた。ジャーナリストの伊藤博敏氏が報告する。
* * *
福島原発事故は、原発の冷温停止に向けた作業と並行して、周辺を「住める環境」にすることを目指して、本格的な除染作業に入った。これが容易ではない。
「除染」でまず頭に浮かぶのは、校庭の土をショベルカーなどで剥ぎ取る作業である。放射能汚染の影響は子供に出やすいために、予算化されないうちから福島県の市町村は見切り発車、環境を整えた。
だが、平らな校庭の除染は比較的容易。困難なのは、屋根瓦、雨どい、側溝、庭の草木など作業の大半を人手で行なう家屋、重機が入れない山林原野や河川域、津波による塩害と放射能汚染の双方で被害を受けた田畑などである。
政府が8月26日に決定した「年間の放射線量を20ミリシーベルト以下にし、現在それ以下の地域については目標を1ミリシーベルト以下とする」という数値を達成するには、相当な困難が伴う。内閣府幹部が明かす。
「1軒の民家を、50人が1日がかりで取り組んでも1ミリシーベルト以下には下がりませんでした。3日かけて下がったとしても、落ち葉や風向きで、数値が上がる個所が出てくれば、また除染。その作業を、避難区域の5万戸だけでなく福島県全域で行なえば、途方もない費用となる」
除染作業は、放射性物質で汚染された表土を?ぎ取り、がれきや落ち葉を除去するだけではない。
それでは、放射性物質が仮置き場に積み上がるだけだから、土や汚泥から放射性セシウムを取り除くために、高温高圧下で高濃度の酸を用いた処理をするなど、次の工程が必要になる。また、建築物や汚染土壌を洗浄した後には放射性物質を含む汚染水が発生、これを浄化するにも処理装置が要る。
実は、そうした技術は日本にはないし専門家もいない。原子力工学を学んだ「原子力村」の技術者たちは、安全神話のなかで育ち、原発事故など想定外だからだ。
政府がやったことは半径20km圏内と計画的避難区域の住民を避難させただけ。1ミリシーベルト以下の住環境へ向けた除染作業がこれから始まるが、途方もないカネと時間がかかる。延べで数百万人分のマンパワーを必要とし、しかも防護服やマスクなどの装備費に、作業員への特別手当も用意しなければならない。
とりあえず汚染された土、水、泥を集める作業から取りかかり、その汚染物から放射性物質を除去、最終処分場で処理するまでにいくらかかるのか。
東日本大震災復興対策本部の幹部が声を潜める。
「本気で全土を1ミリシーベルト以下にしようと思えば、数百兆円は必要でしょう。それを10兆円以下に抑える方法がひとつだけある。一定の地区を国有化することです。そこは立ち入り禁止区域にして作業を簡略化し、それ以外を20ミリシーベルト以下の住環境にするため全力をあげることです」
数百兆円! 確かに現実的な数字ではない。では、土地を買い上げて国有化するのにいくらかかるのか。
民間研究機関の日本経済研究センターの岩田一政理事長は、5月末に開かれた内閣府の原子力委員会で、「半径20km圏内の買い上げに4兆3000億円」かかるとの試算を発表している。これは公示価格をもとに弾いた数字だという。
一方、文部科学省が米国エネルギー省と作成した「汚染地図」によれば、チェルノブイリ事故で強制移住対象となったレベルまで汚染されている地区は、800平方キロメートル(琵琶湖の1.2倍に相当)ということである。国土開発に詳しい専門家によれば、「山林と田畑が中心の地区なので、収益還元法で算出すると1平方メートル当たり約2000円となる」ということなので、単純計算すれば1兆6000億円である。もちろん、住宅費用は別なので、移転費も国家が補償するとして、2000万円×5万戸(避難世帯)で1兆円となる。このほかに、今までの仕事や生活権を奪うわけだから所得補償も必要で、日本経済研究センターは、10年分を見込んで約6300億円と計算する。以上の合計で約3兆2000億円となる。
つまり、2つの方法で国家の買い上げを想定したところ、概算で3兆~5兆円となった。
最も困難な地区を省力化することにより、除染は数百兆円から数兆円規模に抑えられるという見立てなのだ。
※SAPIO2011年10月5日号