【書評】『インド・アズ・ナンバーワン 中国を超えるパワーの源泉』(榊原英資編著/朝日新聞出版/1680円)
【評者】森永卓郎(エコノミスト)
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中国を抜いて、今世紀後半には世界一の経済大国になろうとしているインド。それなのに、インドのことを詳しく知っている人は、あまり多くないのではないか。中国と比べるとビジネスでのつながりが、まだ薄いし、物理的距離も遠いからだ。
私も、シンクタンク勤務時代に、アジアの国々はかなり訪れたが、まだインドには行ったことがない。だから、インドに関する知識というのは、事務所近くのカレー屋の店員から仕入れた情報程度に限られていた。
本書は、文化、政治、社会、経済など幅広い分野で、インドの過去から現在までをていねいに解説したガイドブックだ。編著者の榊原英資氏は、独自の視点で経済を斬るユニークな論客として知られるが、本書では、その榊原節をほとんど封印している。インドのよいところ、悪いところを、淡々と記述しているのだ。私はそれが本書の価値をむしろ高めていると思う。誰が読んでも、等身大のインドを正確に理解できるからだ。
インドは、この20年ほどで、劇的に変わった。貿易や直接投資が盛んになり、経済が急成長して、国民生活は大きく改善した。中国との違いは、開発独裁制度が採られるのではなく、民主的な政治体制の下で経済が発展したことと、製造業が急拡大するのではなく、ITを中心とするサービス業が発展したことだ。
ただ、中国との共通点もある。それは、経済発展のなかで、格差が大きく拡大したことだ。インド建国の父であるマハトマ・ガンディは、近代機械化工業や自由貿易に反対した。経済学が分かっていなかったからではなく、地産地消を進め、格差拡大を防ぐためだった。
しかし、そのガンディの教えを破る形で、貿易や資本の自由化と産業の近代化を断行したことが、インドの経済発展につながった。そしてガンディの心配どおりに、それは格差拡大をもたらした。ガンディは、いまのインドをどうみるのか。本書を読みながら、そのことをずっと考えていた。
※週刊ポスト2011年10月28日号