大人力コラムニスト・石原壮一郎氏の「ニュースから学ぶ大人力」、今回は「いきなりのジョブズ・ブーム」に学ぶ大人の生活の知恵を学びます。
* * *
虎は死んで皮を残すと言いますが、スティーブ・ジョブズ氏は死んでたくさんのニワカ信者を生み出しました。10月5日に56歳で死去。そのニュースが流れると、銀座や渋谷のアップルストアの前に追悼の花束が山積みになり、ツイッターなどネット上には「ありがとうジョブズ!」的な感謝の言葉や、彼の業績を称える書き込みがあふれました。
先月24日に講談社から発売された評伝『スティーブ・ジョブズ』(全2巻)も、発売10日目で100万部を突破。ジョブズ・ブームの盛り上がりは、止まるところを知りません。今から乗っかってニワカ信者になっても、十分に間に合います。
「だけど、今までジョブズを意識してたわけじゃないし……」と思っている控えめで冷静な方も、チャンスに素直に飛びついているニワカ信者たちを見習いましょう。言うまでもなく、アップルの製品を一回も使ったことがなくたって、ぜんぜん大丈夫です。
ここまで読んで「俺はニワカじゃない!」とムッとしたあなたは、もちろんニワカじゃありません。あなた以外の人たちのことを言っているので、どうぞご安心ください。
とりあえず、評伝やネットなどで彼にまつわるエピソードをチェックし、「やっぱり、ジョブズはすごいよねえ」とか言えば、たちまち「平凡なヤツらとはひと味違う自分」になった気分が味わえるはず。
虎の威を借りて自分を賢そうに見せたり、少なくとも賢そうに見えているはずと信じたりするのは、プライドをお手軽にくすぐるための大人の生活の知恵です。そういえば昔からマックユーザは、無意識のうちに同じ効果を狙って、パソコンのことをわざわざ「ウチのマックが」とか言ってきました。
急に有名になった彼の発言「ハングリーであれ、愚かであれ(stay hungry stay foolish)」も、ニワカ信者の喜びを感じさせてくれる大切なアイテム。「さすが、ジョブズはいいこと言うなあ」と感心することで、自動的に「本当は愚かじゃないけど『愚かな部分を持つ大切さ』もわかっている賢明な自分」という選民意識を覚えられます。
ご存じのとおりスタンフォード大学の卒業式でのスピーチで言った言葉で、超エリートのみなさんに向けて言ったからこそ深い意味がある言葉ではありますが、そこは勝手に自分も超エリートになったつもりで聞いてもかまいません。
ことほど左様に、ニワカ信者になって得られるメリットは山ほどあります。大人としては、ありがたくその恩恵にあずかりましょう。今から参入すれば、何も考えずにニワカ信者になっているヤツらに対して「同じニワカ信者でも、お前らと自分は違う」という優越感をこっそり覚えられるというオマケ付き。まったく、至れり尽くせりです。
そして私は、こうやってニワカ信者を回りくどく茶化すことで、勝手にいい気持にならせていただきます。これもすべてジョブズ氏のおかげです。ありがとうジョブズ!