さる11月6日の日曜日に長崎県・五島列島の鳥島近海で発生した中国漁船の領海侵犯事件を、大メディアは「尖閣事件とは本質的に違う」とほとんど黙殺した。
だが、海上保安庁の巡視船は領海深く侵入してきた中国漁船を4時間半にわたって追跡し、体当たりして停船させ、立ち入り検査を忌避したとして船長を逮捕している。昨年9月の尖閣事件では中国漁船がぶつかってきた。今回は日本の巡視船が体当たりしたという差はあるものの、同じ領海侵犯事件である。
事態に恐れをなした官邸側は報道規制を徹底させた。藤村修・官房長官は会見で、「中国からの抗議はない」と強調し、「外務省幹部も『尖閣と違って国境紛争がない海域での違法操業だから中国側も問題にしない』といっている」(大手紙の記者)とレクチャーして火消しに躍起になった。
それこそが、実はこれが重大事件だった証左である。問題が起きた海域は日韓漁業協定の暫定水域(互いに主権を侵害しないように取り決めた海域)近くで、日韓の漁船がいないエアポケットとなっていた。中国はそこにつけ込み頻繁に出入りするようになったのだ。
同時に、鳥島の西方の領海外にある「蘇岩礁(そがんしょう)」は中韓の係争地帯となっており、この海域では日中韓3か国の利害がぶつかっている。東シナ海の覇権を狙う中国にとっては重要なポイントで、漁業海域を広げるために日本の領海侵犯を繰り返してきた。「尖閣ではないから領土問題と無関係」などといえない場所なのだ。
領海侵犯問題に詳しい東海大学海洋学部の山田吉彦・教授が指摘する。
「中国側にとって今回の海保の対応は想定外だったはずです。尖閣事件以来、海保内部には中国漁船の無法ぶりに“野放しにするわけにはいかない”という空気が強まっている。この海域で領海侵犯を繰り返していることは先刻承知で、今回もレーダーで領海に入ってくる前から動きを監視していたはず。
そして領海深く入ってきたところを、“毅然とした態度で取り締まらないと国益を損ねる”と逮捕に踏み切った。逮捕劇が官邸や霞が関が機能低下していた日曜日という政治判断でストップをかけにくいタイミングだったことも、海保の並々ならぬ意思を感じます」
実際、昨年の尖閣事件以降、海保の中国漁船への姿勢は一変した。それまでは「外交的配慮から領海侵犯した中国漁船は拿捕せずに追い払え」という政府の意向を忖度(そんたく)して中国漁船を逮捕せず、追い払うだけだったが、今年は違う。昨年までは中国漁船の検挙は毎年1件あるかどうかだったが、今年は4月に鹿児島県沖で違法操業していた中国の底引き漁船の船長を逮捕したのをはじめ、今回ですでに4件も検挙している。
「われわれが領海侵犯した船を拿捕するのは、泥棒の現行犯を警察が逮捕するのと同じ。本来、政治の思惑が介在する余地があってはならない。今回の事件でもそういう原点に立ち返っているだけです」
海保中堅幹部の弁である。
日本政府は昨年の尖閣事件では中国人船長を政治判断で「無罪放免」し、2006年には北方領土近海で日本漁船の乗組員がロシアの警備艇に射殺されても泣き寝入りしてきた。今度こそ、政治が毅然たる態度を取るべきだという海保の思いはよくわかる。
※週刊ポスト2011年11月25日号