日本では小学生、中学生にまで向精神薬が投与されている実態がある。専門医が子供に向精神薬を処方している割合を見ると、就学前から投与する医師が約28%、小学校低学年からが約26%となり、それらを含め高校生までに処方する医師は約73%いる。その問題点を、医療ジャーナリストの伊藤隼也氏が指摘する。
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子供に向精神薬が処方される例に共通するのは、学校側の勧めで病院に通うことになり、そこで処方が始まっていることだ。
横浜カメリアホスピタル児童精神科の清水誠医師は、子供への向精神薬の処方について、こう警鐘を鳴らす。
「本来、『発達障害』と診断されるべきで薬の必要のない子供が『初期の統合失調症』と誤診されて、向精神薬を処方されるケースが実に多い。その場合、診断・治療法が間違っているので当然効果はなく、薬の副作用にだけ苦しめられることになります」
多くの向精神薬は麻薬や覚せい剤と同じく脳の中枢神経に作用する。これを成長過程にある子供に処方するのは危険極まりないと林試の森クリニック(東京都目黒区)の石川憲彦院長は警告する。
「15歳までの子供の脳は未発達で大人の脳とは全く別物です。精神に作用する薬は脳の発達を阻害する恐れがあり、子供への処方は大人の何倍も危険です。また、脳細胞は他の臓器と違い一生の間ほとんど細胞が入れ替わらないため、蓄積的な作用による危険も増幅されます。
従って、12歳までは薬を処方しないのが大原則。15歳までもなるべく控えて問題を解決するべきでしょう」
それでも、向精神薬処方の低年齢化は進んでいる。特に近年懸念されるのが「発達障害」を口実にした処方だ。
もともと発達障害は知的障害や脳性まひの子供を意味していたが近年になり、「学習障害」「注意欠陥多動性障害(ADHD)」など病気の概念が拡大されることになった。これに伴い、年端も行かない子供に精神科や心療内科の受診を勧める学校関係者が増え、子供に対する向精神薬処方が増加しているのだ。
しかし、発達障害はまだ新しい概念のため、治療に対する考え方は専門家によって異なると清水医師が言う。
「たとえばADHDについての見解は専門家の間でも一致していません。原因についても科学的根拠はハッキリしておらず、本当に脳の障害かどうかもわかっていない。
そもそも『落ち着きがない』『問題を起こす』といった子供の行動をすべて医療の問題とみなして教師が精神科や心療内科の受診を勧める背景には、本来学校の持っていた教育機能が低下している面があります。
それにADHDの症状は小学校高学年で和らぐこともあり、薬を飲まなくても成長によって改善するケースが多い。病院で安易に薬を処方するより、家庭や学校で子供の特徴を理解し、成育環境を整える努力をまず最初にすべきです」
幼い子供が癇癪を起こしたり、不意に突飛な行動に出たりすることはある意味で自然なことだ。清水医師が主張するように家庭や学校は焦らずじっくりと子供に向き合う必要があるのではないか。
※SAPIO2011年11月16日号