TPP(環太平洋経済連携協定)をめぐり、日本では「TPPでコメや畜産などの農業が壊滅する」「公的医療保険の制度崩壊に繋がる」など、主にマイナス面から交渉参加に反対する意見が噴出している。しかし、安全保障が専門の森本敏・拓殖大学海外事情研究所所長は「TPPについて関税の話だけに終始するのは狭い見方」と語る。以下は、森本氏の解説である。
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TPPをめぐる議論ではずしてはならないのは、対中国の視点である。
私が日本の外交筋から聞いた話では、中国側は米国政府に「日本や米国が議論しているTPPは中国を封じ込める手段なのか」と率直に聞いてきたという。米国側は「そうではない」と説明したのだが、明らかに、中国はTPPによって日米同盟による中国封じ込めが現実化することを警戒している。
長期的な視点で見れば、中国が自国の「持続的な経済発展」という将来を考えた時に、中国自身のTPP参加に関心を持っていることは大いに考えられる。しかし、胡錦濤国家主席が率いる現政権のもとでは、そのインセンティブは働かない。
というのも、中国が現状のままTPPに参加すると、中国の経済発展を支えてきた前提を崩すことになってしまうからだ。
今日に至る中国の経済成長の原動力は、共産党独裁政権の一元的な管理・統制のもとで外資を呼び込んで国内を開発し、管理された人民元のレートをフル活用して安価な製品を作って海外に輸出して外貨を稼ぐ、というものだ。もし、価格競争力のある他国の産品が関税なしで流入したら、国内の輸出産業はズタズタになってしまう。
まして中国政府は、来年に習近平体制への移行を控えている。対外的な経済関係をどう構築していくかの決断は、新政権が発足してからになるというのが、大方の見方である。その前に、国内経済の不安定要因をできるだけ減らしておきたいのが本音だろう。
そんな中国が内心で一番懸念しているのが、日本がTPP参加を決断することなのだ。
中国にとって、主な輸出国は米国、日本、EU、東南アジア諸国である。参加9 か国のGDP比を見てもわかる通り、TPPの実態は日米のFTAという側面もある。さらに、日本が参加するかどうかは、ほかのASEAN諸国も注視しており、現に参加検討中の国々にとっては、日本の参加いかんが決断する材料の一つになるだろう。
こうした状況の中では、TPPの発効が、やがて中国産品の競争力を低下させると考えられる。価格の安さという競争力で外貨を稼ぐという原則が揺らぎ、中国のマーケットが小さくなることは避けられない。そして、中国国内の輸出産業が競争力を失うことは、政権の安定性を欠くことにつながる。
中国共産党の一党支配による統治、その維持と安定が国家目標である中国にとっては、経済の発展こそが国家存立の根幹を成している。国内で失業者が増え、反政府活動が起こることを中国政府は最も恐れている。
特に日本が参加した後のTPPは、中国にとっては主に経済面でアジア太平洋地域から取り残されることを意味する。その上、中国が国内経済、国家体制を維持・安定させるためには、中国政府が自ら改革を行なって、競争力をつけた上で参加しなければならないという、高いハードルがある。
こうした中国の国内事情を考えた時、日本のTPP参加は、中国の国内制度や経済の構造改革を、外から働き掛けやすくなるという側面も持ってくる。
もし、後から中国がTPPに参加したいとなれば、昨年秋以降のレアアース禁輸措置のような勝手な振る舞いは許されず、結果、中国に国際的なルールを遵守させることにつながるだろう。
※SAPIO2011年12月7日号