ジャーナリスト・武冨薫氏の司会&レポートによる本誌伝統企画「覆面官僚座談会」。呼びかけに応えた官僚は財務省中堅官僚のA氏、経産省中堅のB氏、総務省ベテランのC氏、農水省若手のD氏だ。
TPP(環太平洋経済連携協定)参加問題をめぐって財務A氏がまず切り出した。「民主党の反対派議員の説得に回っていた外務省経済連携課のTPP交渉官の1人が、交渉姿勢を問われてこう答えたらしい。「アメリカに対して、『日本はパンツを脱ぐ用意がある』と伝えるということです」ってね。つまり、「白旗を上げる」ということだ。以下、TPPにまつわる官僚たちの議論を紹介する。
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――“パンツ役人”ですが、これも政治が無能だから各省が省益に走った結果というわけですか、Cさん。
総務C:うーん、私がいおうとしたことは少し違います。なぜ、オバマ政権がこのタイミングで日本に対してTPPを前面に出してきたか。米国の国民にはTPPなど知られていないし、メディアもほとんど取り上げない。そもそも牛肉はオーストラリア、乳製品はニュージーランドの方が米国よりはるかに競争力が高いから、9か国の枠組みで農業分野の自由化を進めたら一番困るのは米国でしょう。
自由貿易は建て前に過ぎない。少なくとも政治家、なかんずく総理大臣という立場の人は、米国の真の狙いを考える姿勢くらいは見せなくてはならない。野田内閣は、みんなが自分の庭しか見ていないところに不安がある。
財務A:司会者には偏見があるが、官僚組織が国益を全く無視しているわけではない。TPPの本質は米国が「東アジア共同体」構想に待ったをかけるために持ち出したものだ。2年前、岡田克也・外相が、東アジア共同体について、「米国はメンバーではない」と発言して米国の猛反発を買い、構想は中断していた。
ところが、今年8月のASEANプラス6(※1)の外相会合で、当時の海江田万里・経産相が共同体の経済連携を提案し、高級事務レベル会合を開くことで合意した。だから米国は野田政権に「どっちを取るか」と、日本のTPP参加表明を迫った。中国、インド市場に軸足を置きたい日本への嫌がらせでしかない。が、それはわかったうえでTPPは日本のためになるという考え方もあるわけですよ。
経産B:東アジア共同体の市場がいくら巨大といっても、中国は、「IT製品を中国で売りたければ技術情報を開示せよ」と平気でいう国だ。あの高い非関税障壁に穴を開けるために、戦略的に米国と連携するのは間違っていない。現実に、日本がTPPに前向きになったから、中国は日本からの投資を優遇すると姿勢を変えてきた。
――それこそ「米国ポチ」になれば楽だという自民党政権時代からの官僚の論理でしょう。
総務C:それは否定しない。ただし問題なのは、その清濁をあわせ呑む役目を引き受けようという政治家が1人もいないことだ。
――米国内でTPP戦略を推進しているのは、ジャパンハンドラーと呼ばれる日米安保人脈をメンバーとする新興シンクタンクと国務省の一部だけといわれる。日本側では彼らに呼応して、民主党は前原誠司・政調会長が前のめりになり、TPP反対を決めた自民党では小泉元首相の次男の進次郎氏が「反対には反対」と叫んでいる。普天間移設を推進した「対米ポチ人脈」とピタリ重なる。
経産B:たしかに、「TPPの黒幕」といわれる経産省の宗像直子・通商機構部長は、ハーバードでMBAを取得し、米民主党系シンクタンクのブルッキングス研究所にも派遣されていた省内きっての知米派だな。
財務A:彼らは日本のメディアの操り方をよく知っているから、「野田総理が『全品目』といった」「オバマ大統領が『普天間を早く』といった」という情報の出し方もうまいよね。まあ、それを利用するのが日本の「ガイアツ外交」だったわけだが。
総務C:それは国民を説得するための外交レトリック、政治工作として有効なもので、主導権を日本が握っていなければ、ただの外圧になる。そこに官僚側の危機感も生まれるわけです。
例えば、防衛省の次期FX選定(※2)でも、EUはユーロファイターを買うなら、極秘の実戦データまで供与すると申し入れてきている。米国は日本が何機戦闘機を買っても絶対に明かさなかった。実戦経験のない日本に張り子の虎の兵器を持たせて、在日米軍の価値を高めてきたわけだが、それだけに、防衛省の技術部門にはユーロファイター派が勢いを増していると聞いている。
米国が日本に売り込めるのは兵器と航空機くらい。TPPには日本の軍備調達を米国が独占する狙いもあり、だから米国派の日本の安保族政治家もTPPに必死になる。だが、彼らも国益を考えて動いているわけではない。そういう立場にもいない。
財務A:なるほど、Cさんのいいたいことが少しわかってきました。TPP参加でいく、FXも米国から買うと決めるなら、しっかりそれを外交のツールとして使え、と。たしかに野田内閣には戦略も軸足もない。根に国益がないと、それがバレた時に国民は許さないでしょうね。
※1:ASEANプラス6/東南アジア諸国連合(10か国)に日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた16か国は、2005年から「東アジア首脳会議(EAS)」を開催。日本はこの16か国を参加国とする経済圏「東アジア共同体」を提唱している。米国とロシアは参加国ではなく、オブザーバーの位置づけ。
※2:FX/航空自衛隊の次期主力戦闘機導入計画。米国ロッキード社を中心に国際共同開発中の「F-35」、米国マクドネル・ダグラス社の「FA-18E/F」、英、独など欧州4か国が共同開発して実戦配備している「ユーロファイター・タイフーン」の3機種が候補になっている。
※週刊ポスト2011年12月9日号