横断歩道で、駅の階段で、オフィスの廊下で、3インチより少し大きいぐらいの画面に、一心不乱に指を滑らせながら、うつむき加減で歩く人。ぶ、ぶつかる! こんな場面、誰にでも経験があるのではないか。コラムニストの小田嶋隆氏が、危険な「歩きスマホ」規制条例を提案する。
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私はあえて、「歩きスマホ規制条例」を提案したい。参考になるのは、「歩きタバコ規制」だ。
路上喫煙禁止条例がスタートした当初は「罰金まで取るなんてやりすぎだ」という声が聞かれたし、様々な議論を巻き起こして、メディアに取り上げられた。規制や罰則の適否はともかくとして、アナウンス効果はあったと思う。今では、条例がない地域でさえ、歩きタバコやポイ捨てはずいぶん減った印象がある。
同じようなアナウンス効果を期待して、例えば銀座や秋葉原の歩行者天国、渋谷のセンター街といった象徴的な場所を「歩きスマホ規制地域」と定め、違反者には取り締まりを実施してはどうか。例えば、10歩以上画面を注視して歩いたら科料2000円、歩きスマホで人にぶつかったら3000円とか、イヤホンをしてゲームに夢中になっている“悪質”なケースは5000円、など。あるいは、そうした繁華街の中に、そこに入ると通信できない“コールド・スポット”エリアを設ける手もある。
なぜ象徴的な繁華街でだけ条例を定めて規制するか。それは、あらゆる場所で「歩きスマホはいけません」と横並びで啓発したって、実効性がないからだ。電車内では「優先席付近では……」というアナウンスがしょっちゅう流れているが、現実に優先席の近くでは電源を必ず切るという人は少数派だろう。鉄道会社の側も、アナウンスさえしておけばいいと思っているのではないか。
そんな形骸化した啓発を繰り返すより、賢明な「節度」を社会に作り上げることが必要だ。そのために、(象徴的な場所だけでいいから)「やりすぎだ」と思われる規制を定める。それがきっかけとなって議論が起これば、スマホの“お約束”が多くのユーザーに浸透していくだろう。
そもそも日本人は、みんなが心地よい(あるいは同じくらいに不快)と思えるものであれば進んでマナーを守るという、世界的に珍しい国民性を持っている。
エスカレーターに乗る時は片側を空けるとか、複数ある窓口で一列に順番待ちをする“フォーク並び”などはその典型だ。フォーク並びは、床にそのような表示のないサッカー場のトイレなどでも利用者自ら進んで実践している。
いったん“お約束”ができれば、それになんとなく従う。競争社会ではそんな国民性が弱点だと言われるが、ともあれそれが日本人なのである。
※SAPIO2011年12月28日号