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閣議決定の公務員給与7.8%引き下げ回避にある男の活躍あり

エリート官僚街道を突っ走り、前代未聞の2度の事務次官を経験。いまや「公務員の守護神」として官僚に崇められている人物がいる。公務員の待遇を守ることに邁進する江利川毅・人事院総裁(64)とはいかなる人物か。彼の経歴や言動を解析すると、この国の官僚支配構造の本質が浮かび上がってくる。

世界的な大不況と東日本大震災のWパンチが響き、民間企業の今冬のボーナス額は前年比0.3%減の37.8万円(みずほ証券調べ)と、3年連続の減少となった。

が、この人たちの表情は明るい。

「多少は減ると覚悟していたが、予定通りの額で安心しました。正月休みは家族旅行しようと思っています」

喜びの声を上げるのは国の出先機関に勤める40代職員だ。それもそのはず、12月9日にボーナスが支給された公務員は、「昨年と同水準」(人事院広報課)、すなわち「満額支給」だった。みずほ証券調査によると国と地方公務員の平均支給額は76.5万円だから、民間平均の2倍以上である。

ちょうど半年前に、時の菅政権は「震災復興のために財源が必要になる」として、公務員給与の7.8%引き下げを盛り込んだ「国家公務員給与削減法案(賃下げ法案)」を閣議決定し、国会での早期成立を目指してきたのではなかったか。

にもかかわらず、公務員のボーナスが守られた裏にはある男の働きがあった。

「“困った時のエリカワさん”は本当だった。全国400万人の公務員は足を向けては寝られない」――厚労省の中堅官僚がそう礼讃する「エリカワさん」とは、江利川毅・人事院総裁のことである。

人事院とは、国家公務員の人事管理を監督する機関。スト権をはじめとする労働基本権を制限されている公務員の雇用や待遇を守るため、「雇用主」にあたる内閣の所轄下にありながら強い独立性をもった行政組織として、賃金や労働条件など公務員の身分保障に関する勧告を行なう。いわば「公務員給与のアンパイア」だ。国家公務員の給与は人事院勧告(人勧)で決まり、地方公務員もそれに準じて給与水準が決定されてきた実態がある(※)。

そのトップである江利川氏は、11月9日の衆院予算委員会で「人勧無視は憲法違反だ」と賃下げ法案を突っぱねる答弁をして、まずは人勧の「0.23%の引き下げ」を受け入れるよう求めた。そして、結果は「削減0%」となった。

「実に巧みな戦術だった」――財務省の幹部はそう誉めそやす。

「菅政権時代、人事院は賃下げ法案成立の交換条件として、労働基本権の拡大などを盛り込んだ国家公務員制度改革関連法案をセットで成立させることを政府に求めた。表向きは公務員の権利拡大だが、自民党は公務員労組が強くなる法案に大反対だから、目論見通りに与野党交渉は決裂した」(同前)

通常国会で賃下げ法案は成立せず、公務員は夏のボーナスの大幅削減を防いだ。

そして冬のボーナス前に野田政権が再び賃下げ法案の成立を目指すと、次の手を繰り出す。

「野田政権が、野党が反対する労働基本権拡大を棚上げして、賃下げ法案だけを成立させることで野党と手を組もうとすると、今度は民主党内部を分断した。江利川さんが“人勧無視は憲法違反”という見解を示すと、勢いづいた自治労は日教組出身の輿石東・幹事長らに働きかけ、民主党内に“労働基本権拡大を棚上げする気か”という空気を醸成した」(同前)

それでも前原誠司・政調会長らは「法案を通せ」という姿勢を貫いていたが、これも計算済みだった。

「法案と矛盾する人事院勧告を前原さんが拒否するのは当然だが、そうすると党内は“賃下げ法案も人勧も反対”となる。そのまま会期末を迎えて審議は時間切れ。その結果、7.8%減どころか0.23%減も成立せずに満額支給となった」(同前)

江利川氏らの戦術に、議員たちは完全に手玉に取られたのだ。元経産官僚で政策シンクタンク「政策工房」代表の原英史氏はこう語る。

「人勧の無視は憲法違反、という江利川氏の主張は全くの間違いです。憲法のどこにもそんなことは書いていない。人勧はあくまで国会が国家公務員の給与を決める際の材料にすぎない。それを真に受けた政治家も不勉強というほかない」

※注 本来、地方公務員については、都道府県および政令指定都市ごとに設けられた「人事委員会」が地場企業を調査するなどして“独自”の給与勧告を出す仕組みになっている。しかし、実態は国家公務員の人勧に準じて、横並びで決められている現状がある。例えば今年11月2日、大分県では、人事委員会の調査では県職員の給与が民間より0.04%高かったとの結果が出たが、人事院勧告に準じて平均0.28%引き下げる勧告を行なっている。

※週刊ポスト2011年12月23日号

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