広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が、“爆笑派の新鋭”と評する噺家が鈴々舎馬るこだ。
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僕が今、最も注目している落語協会の二ツ目が鈴々舎馬るこ。パワフルな爆笑派の新鋭だ。1980年生まれ、山口県防府市出身。18歳で上京して大学へ通いながらお笑い芸人を目指し、2001年にはギター漫談でデビューしたこともあったが、落語の面白さに目覚めて2003年に鈴々舎馬風に入門。前座名「馬るこ」のまま2006年に二ツ目に昇進した。
馬るこの身上は「何でもアリ」の自由な芸風だ。ピン芸人を目指しただけあって「とにかく笑わせる」という貪欲さが半端じゃない。得意のギターを落語に持ち込んだユニークな新作落語『イタコ捜査官メロディ』、立川談笑の『蟇の油』スペイン語ヴァージョンに触発された『日韓同時通訳版ハングル蟇の油』(ガマの油売りの口上を韓国語と日本語で同時通訳風に演じる余興芸)などは、そんな馬るこの「何でもアリ」の芸風を象徴している。
前座時代に作った『ハングル寿限無』は、生まれた子どもに縁起のいい名前の候補を全部つなげた物凄く長い名前を付けるという『寿限無』の「長い名前」をニセ韓国語にしてしまうという改作。「ニセ韓国語の長い名前」で子どもを呼ぶときの馬るこの迫力に満ちた演じ方があまりにバカバカしく、それゆえ最強の鉄板ネタとなった。
だが、そういった「飛び道具」はあくまでも彼の幅広い芸の中のごく一部に過ぎない。 馬るこの真価は、お馴染みの古典に独自のアレンジを施す優れたセンス、そしてそれを裏打ちする確かなテクニックにこそある。落語に対して何の予備知識も持たない人が聴いても、ごく気軽に「お笑い」として楽しめる。と同時に、百戦錬磨のマニアが聴いても爆笑する。それが馬るこの落語だ。
※週刊ポスト2011年12月23日号