円高による日本企業の海外移転が止まらない。安い労働力、優秀な人材を求めてベトナム、タイ、中国の内陸部などに入り込んできたが、今後日本企業は、ミャンマーに向かうであろうと、大前研一氏は予測する。以下は、大前氏の解説である。
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これまでミャンマーは軍事政権で国際社会から孤立していたが、自宅に軟禁していた民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー女史を昨年解放して、選挙への立候補も認めるなど民主化に舵を切り、2014年のASEAN(東南アジア諸国連合)議長国就任も決定した。
これを私は15年間、首を長くして待ち望んでいた。なぜならミャンマーは、アジアで最も人件費が安く、辛抱強くて手先が器用な魅力あふれる労働力を持っている国だからである。
今や中国の人件費は内陸部で月3万~4万円になっている。沿岸部はさらに高く、しかも毎年15%くらいずつ上がっているので、人民元高がしばらく続くことを考えると、5年後には10万円を覚悟しなければならない。
タイは今回の大洪水でしばらく混乱が続き、カンボジアなどから安い労働力の流入もあるため、現在の2万~3万円からさほど上がることはないだろう。ベトナムは10年前から徐々に上がり、現在は1万円近くになっている。
一方、ミャンマーの人件費はブルーカラーが月20~25ドル、つまり1600~2000円ほどである。日本の人件費が月20万円とすれば「100分の1」なのだ。人口が約5300万人なので企業が殺到すれば人件費も上がっていくが、ベトナムなどの例から見ても産業基盤が整うまでには10年以上かかるだろうから、1 万円になるのはかなり先だと思われる。
これまでミャンマーはタイの華僑が製造に利用していた。ただし、軍事政権の民主化抑圧に対し、アメリカが経済制裁を課していたので、輸出する時はアメリカに睨まれないよう、タイやシンガポール経由で交易していた。
しかし、ヒラリー・クリントン国務長官のミャンマー訪問によって、両国の関係改善が一気に進むと予想される。そうなれば、日本企業もアメリカの目を気にすることなく正面玄関から堂々と入って行けるようになる。
おそらくミャンマー政府は、かつての中国と同じような開放特区を設け、そこに外資を呼び込もうとするに違いない。これからミャンマーは、港湾や道路などのインフラ整備も進んでアジア最強のコスト競争力を持った生産基地となり、日本企業にとって海外移転の有力候補地に浮上するだろう。
※週刊ポスト2011年12月23日号