新聞が使う独特の言い回しに「〇〇日、分かった」という用語がある。普通の文章では、まずないと思うが、これをいったいどう読んだらいいのか。その表現について東京新聞・中日新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏が具体例を挙げて解説する。
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「沖縄防衛局の田中聡局長(50)が28日夜、報道機関との非公式の懇談会で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先の環境影響評価(アセスメント)の評価書の提出時期を一川保夫防衛相が明言していないことについて『犯す前に犯しますよと言いますか』と発言していたことが分かった」(毎日新聞11月29日付夕刊)
ここでは毎日新聞を挙げたが、たとえば朝日新聞や東京新聞も同様だ。「分かった」という言い方には不思議なニュアンスがある。まず、だれが「分かった」のか。記事は主語を示していないが、ほとんどの場合、記事を書いた記者本人あるいは新聞が「分かった」のである。上の例では毎日や朝日や東京だ。
どうして「分かった」のかといえば、よその社が報じたからだ。局長の失言は沖縄の地元紙である琉球新報が最初に報じた。発言は複数の記者たちとのオフレコ懇談で飛び出したが、琉球新報だけが報じて、他紙は報じなかった。そこで、他紙が後追いする手法として「分かった」が使われた。
読者にしてみれば「読む側は初めて知ったのだから、どうしてこういう事実が明らかになったのか、経緯を知りたい」と思うのは当然だろう。ひと昔前まで「他紙が書いた特ダネの後追いはみっともない」という意識もあって、第一報を報じた他社の名前はまず出さなかった。
このケースでは三紙ともきちんと「琉球新報が29日付朝刊で報じた」と伝えている。どうやら「他紙の後塵を拝したくない」という見栄は影を潜め、きちんと事実を報じるようになってきたかに見える。この傾向が定着するなら、読者にとって結構なことだ。
ところが相手が雑誌となると、それほど寛容でもない。たとえばオリンパス事件を最初に報じたのは会員制月刊誌の『FACTA』である。社長が欧米紙に情報を提供し、フィナンシャル・タイムズなどが連日のように報じ始めて、日本でも火がついた。欧米メディアはきちんと『FACTA』の名前を出したが、日本のメディアはまったく出さないか、及び腰だった。そのあたりをフィナンシャル・タイムズはこう皮肉っている。
「オリンパスの問題は日本のメディアに焦点を当てた。大手新聞は(中略)粘り強く醜聞を暴くFACTAの記者とちがって(中略)オリンパス事件を軽く扱ったと批判されている」(10月29/30日付)
『週刊ポスト』もこれまで数々の特ダネがあったと思うが、新聞はせいぜい「一部報道によれば」と書くくらいで「週刊ポストによれば」と明示した例はなかったのではないか。
徹底して読者本位で考えるなら、雑誌だって名前を出すべきだ。「雑誌報道は信用できない」という言い訳は通用しない。オリンパスは事件になったし、ほかの例でも見栄を捨てて後追いしているのだから、その他社のスクープが「報じるに値する」と認めている証拠である。
メディア同士が互いに相手の名前を出して報道を引用したり批判したりするのは、メディア全体の信用を高める効果がある。メディアが自分のプライドを脇に置いても、なにより公平さを重要視している証明になるからだ。それに第一、面白い。週刊誌に限ってもライバル誌の批判から一歩進んで、相手の報道を前向きに引用して、さらに突っ込めれば本物である。
※週刊ポスト2011年12月23日号