1月12日に発売される『あんぽん 孫正義伝』(小学館刊)。著者の佐野眞一氏は、同書のなかで、孫正義氏へインタビューし、「安本」という日本名を捨てたことについて尋ねている。以下、二人のやり取りと佐野氏による解説だ。(文中敬称略)
* * *
「私は孫という名前で、ユニソン・ワールドを始めました。そのとき、二つの選択肢があったわけです。孫の名前で会社を興すか、それとも元の安本にもう一回戻って、会社を興すのか。僕の親父も親戚のおじさん、おばさんも全部安本の名前で通していましたからね。だから、孫の苗字のままで日本で会社を興すのは、親戚の中では僕が第一号なわけですよ」
──孫の苗字のままだと、韓国人だということがバレちゃいますからね。親戚は孫さんが安本という日本名を捨てたことに反対しませんでしたか。
「猛反対でしたよ」
予想した通りの答えだった。だが、孫がこの帰化問題をここまで率直に言うとは思わなかった。
「おじさん、おばさんたちが、それこそ全員集まって、『おまえ、それだけはやめろ』と言うんです。在日が日常生活で差別されるケースはだいぶ減ってきたけど、就職するとか、金を借りるときには、間違いなく差別されるぞ、孫の名前では銀行は絶対金を貸さないぞ、お前が考えているより、ハードルは十倍あがるぞ、なんでお前はわざわざ好んでその難しい道を行くんだって、猛反対するんです」
──それをどう言って説得したんですか。
「いや、おじさんたちはそう言うけど、孫という本名を捨ててまで金を稼いでどうするんだ、と言いました。それがたとえ十倍難しい道であっても、俺はプライドの方を、人間としてのプライドの方を優先したいと、言いました」
孫という名にこだわったもう一つの理由は、渡米するとき心に決めた自分なりの小さな志のためだったという。
「何十万人といる在日韓国人が、日本で就職や結婚や、それこそ金を借りるとき差別を受けている。でも在日韓国人であろうが、日本人と同じだけの正義感があって、能力がある。それを自分が事業で成功して、証明しなきゃならないと思ったんです。
これからの在日の若者に、それを背中で示さなきゃいけないのに、俺が本名を隠してこそこそやったんじゃ、意味がなくなるじゃないか、アメリカに行った目的が達成できないじゃないか。あとから、あの事業を興したのは、実は孫でしたと言ったって……」
──後出しジャンケンにしかならない。
「そう。だから、俺はどれだけ難しい道だって堂々と正面突破したいんだと、言ったわけです。そうしたら、お前は青いと」
──それはお父さんが言ったんですか。
「いや、親父は何も言いませんでした。親父は黙って聞いているだけでした」
(『あんぽん 孫正義伝』より抜粋)