世界最高の科学技術を誇るといわれる日本だが、実はそこに大きな落とし穴があると指摘するノーベル物理学賞受賞者の江崎玲於奈氏(86)。江崎氏が思う科学技術とは――。
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わが国の科学・技術水準が世界最高レベルであると信じ、満足感を抱いている人が意外に多いようですが、私はこれはむしろ発展を妨げる危険思想だと思います。世界において研究水準が極めて高いといえるのは、ごくわずかの分野、わずかな研究者だけのこと。全体としては改革すべき余地はまだまだ多いのです。
事実、ノーベル賞の自然科学3分野の受賞者数を数えても、米国が43%を占めている中、日本は2.7%に留まっています。また、引用される回数を研究論文の質を決める指標としますと、日本人の論文の質は平均において欧米人のそれより劣り、イタリア人以下です。アジアにおいても、最近シンガポールに首位の座を譲ったという有り様です。
スポーツの世界で、日本人の活躍は大きく報じられ、オリンピックでのメダルの数が論じられます。しかし、それは日本の経済、生活の豊かさ、失業率などとは何の関係もありません。今や、科学などの知識が社会の原動力となる「知の世紀」、活発な研究活動は日本人の創造力を刺激して経済活動を活性化し、日本国に富をもたらしてくれるのです。
科学技術という言葉がよく使われますが、これは曖昧な言葉です。科学は自然界のルールを解明する体系的な知識であり、それを社会や企業の利益、医療の向上のため活用するのが技術なのです。
基礎研究においては、時には予想外の「サプライズ」に出会います。そこで得られた革新的知識「ブレークスルー」をもとに開発された画期的技術が実用化され、そして「イノベーション」が実現しますと、大きな経済効果をもたらします。
最近の代表例といえば、スティーブ・ジョブズ氏が作った「スマートフォン」ではないでしょうか。彼は「Think different」(新しい考えを出せ)をスローガンにしていました。彼はその言葉の通り、誰も実現できなかった高機能携帯電話iPhoneを作り出し、大成功を収めました。
●江崎玲於奈:1925年、大阪府生まれ。東京帝国大学卒。東京通信工業(現ソニー)において、1957年になされた半導体内のトンネル効果発見の功績で、1973年にノーベル物理学賞受賞。1960~1992年の間渡米し、ニューヨークIBM中央研究所主任研究員。1992~1998年まで筑波大学学長。現在は横浜薬科大学学長、茨城県科学技術振興財団理事長を務める。
※週刊ポスト2012年1月13・20日号