かつて技術力で世界を席巻した日本製造業の現場では、想像を絶する大きな変化が起きている。日本の製造業に、果たして未来はあるのだろうか? 経済ジャーナリストの山下知志氏が、精密機械産業の中心地・諏訪湖周辺をリポートする。
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冬はワカサギ釣り客で賑わう諏訪湖周辺は、日本でも有数の精密機械や情報機器関連産業の集積地である。日本の製造業のお家芸を支える拠点だ。諏訪湖を囲む長野県諏訪市、岡谷市、下諏訪町などにはセイコーエプソン、京セラ、沖電気など大企業やグループ企業の工場があり、周辺には、有力な下請け企業が数多く集まっている。その集積地で「産業空洞化」が進んでいる。
諏訪湖畔に程近い岡谷市のJR岡谷駅前は、日中だというのに人もまばら。かつてイトーヨーカドーがあった駅前の巨大な商業施設はイベントスペースとして使われていて、空き家同然。客待ちのタクシー運転手が嘆く。
「いい話なんて何もありません。大手企業の工場閉鎖や生産縮小で、諏訪周辺の下請け企業の倒産、廃業、人員削減が相変わらず続いています。地元では、超円高の影響はこれからで、倒産はまた増えるといわれています。タクシーの利用者も減って、地元のタクシー会社も倒産しました。運転手の給料だけじゃ家族を養えない。独身者か定年退職者が年金併用でやる仕事ですよ」
昨年6月、諏訪地区に工場のある山王電気が破産した。従業員は30名。AV機器関連で世界に知られる大手電機メーカーを中心に、主にプリント基板などを供給してきた。
会社設立は1960年。技術力が高く、品質も安定しているとの評価を得て、下請け部品メーカーとして半世紀余りを生き抜いてきた。ピーク時に24億円あった年商は、2010年度には、わずか3億6000万円に減っていた。岡谷市に同社の破産管財人の弁護士を訪ねた。
「リーマン・ショック以降は、受注減に加えて値引き要請や同業者との競争激化、資材高騰などで経営悪化に歯止めがかからなかった」(松村法律事務所・松村文夫弁護士)
取引先の倒産で売掛金の回収ができなくなったことも痛手だった。従業員の給料を払えなくなる可能性もあって、やむなく営業を停止、破産した。同社を知る、ある中小企業経営者がいう。
「山王電気には後継者がいなかったため、メインの取引先が発注量を減らしてきたそうです。これが引き金になった」
しかし、厳しい見方をすれば、本当に技術力のある会社ならば、発注する側は後継者を探すように強く求めたはず。それがなかったということは、いまでは代替の利く技術レベルだったというほかない。
北アルプスから流れ込む豊富な湧水を利用したわさび田で知られる長野県安曇野市は、製造品出荷額で県内トップを誇り、精密機械関連企業が多く集まる。その1社、安曇精工は昨年3月に廃業した。
30年以上取引のあるセイコーエプソンから発注停止を受けたからだ。プロジェクターやプリンターなどの部品も供給していたが、完成品は何年も前に海外生産になっていた。最後まで残ったのが腕時計のムーブメント(駆動装置)。この発注が打ち切られて命運が尽きた。
「安曇精工の売り上げの9割はセイコーエプソンからの仕事でしたから、発注がゼロになれば経営が成り立たない。従業員40名全員を解雇して廃業するしかなかった。以前から発注停止の噂はあって、いくつか社名もあがっていたのですが、『まさかウチが』と無念の思いです」(同社関係者)
※週刊ポスト2012年1月27日号