映画『パーフェクト・センス』が、観客の五感を激しく揺さぶっている。未知の病に感染すると、匂いがわからなくなる。味が感じられない。音が消える。そんな五感喪失のパニックの中で、人間はどこへ向かうのか? 作家で五感生活研究所の山下柚実氏が解説する。
* * *
前触れもなく、人類が経験したことのない異変がやってきた。“SOS”と名付けられた原因不明の感染症が,爆発的に世界中に拡散し、あらゆる人間の感覚が失われる危機に。
もし、そんな出来事が現実になったら? 映画『パーフェクト・センス』は、観客の五感を激しく揺さぶってきます。
私たち現代人はふだん、携帯電話やパソコン、テレビなどの視覚メディアに取り囲まれて暮らしています。言葉や写真、イラストといったビジュアルを多用して、コミュニケーションをとっています。
「現代人は情報収集の80%を視覚で行っている」と認知科学の世界でも指摘されています。いわば、「見る」ことに頼っている。
その分、匂いを嗅いだり、触ったり、味わったりすることを忘れている、と言ってもいいでしょう。つまり、自分自身の五感センサーを、十分に使っていないのが現代人なのです。
ところが。映画の画面を「見て」いるだけなのに、あたかも匂いを嗅いだり味わったりした感覚がいきいきと立ち上がり、不思議な疑似体験に驚かされる--そんな映画が上映されています。デヴィッド・マッケンジー監督の『パーフェクト・センス』(出演ユアン・マクレガー、エヴァ・グリーン他 公開中)。
ストーリーは、スコットランドのグラスゴーで、何の変哲もない生活をしている人々を、突然未知の病が襲うことから始まります。感染すると、五感がひとつひとつ奪われていく。
匂いがわからなくなる。味が感じられない。音が消える。そんな感覚喪失のパニックの中で、男女の愛はどこへむかうのか。愛をつなぎとめることで二人は恐怖に立ち向かおうともがく。
観客も例外ではありません。登場人物とともに、切れるような緊張の中へと連れ去られてしまう……。ひとつひとつ感覚を失っていく恐怖に包まれながらも、いや、その恐怖に包まれているがゆえに、自分自身の五感に目覚めていく。
一枚の葉っぱ。雲の形。空の色のグラデーション。街角のクラクションの響き。日常が実にみずみずしくてキラキラと輝いていたことを、映画を見ながら再発見し、震撼とさせられてしまうのです。
何の変哲もない、誰もが知っているありきたりの日々。それが、新鮮な驚きに満ちた世界であり、かけがえの無いものだった、ということを、理屈を超えて痛感する。生きる意味を問い直す。
3.11を経験した日本だからこそよけいに、この映画が心とカラダに響くのかもしれません。
(『パーフェクト・センス』公式URL http://www.perfectsense.jp/)