福島原発の事故から1年が経とうとしているが、事故直後から飛び交った「再臨界」「核爆発」「チャイナシンドローム」などの脅威論は、いずれも科学的には可能性がほぼゼロで、本誌はそう報じ続けた。事実それらは起きていない。
再臨界が起きるには、燃料が等間隔で規則正しく並び、減速材(※1)の役目をする水に浸かっている必要がある。ところが燃料はメルトダウンして格納容器の底に散らばっていたのだから、その可能性は限りなくゼロに近かったのだ。
核爆発を口にした自称専門家は、それだけでニセモノである。核燃料の濃縮度では、どんな魔法でも核爆発は起きないからである。
厄介なのは「チャイナシンドローム」だ。「メルトスルー」とも呼ばれるが、すなわち高温になった核燃料が格納容器に穴を開け、地中に漏れ出す現象である。“地球の裏側まで突き抜ける”という「チャイナシンドローム」は完全なデマだが、地中に核燃料が漏れ出せば環境汚染は甚大で、処理は格段に難しくなる。
東京電力が昨年11月に発表した事故報告書では、燃料すべてがメルトダウンした1号機では、溶けた高熱の燃料が格納容器内部のコンクリート壁を最大70センチも侵食しているとみられることが明らかにされた。
これでメルトスルー説に火が付き、「薄い場所ではコンクリートは100センチしかない。あと30センチあまりで燃料が地中に漏れ出す」などと騒がれた。新聞やテレビまでご丁寧に図解付きで同様に報じた。ところが、これも事実とは大きく違っていたのである。
原子炉の構造は各号機で違うが、1号機で侵食されたコンクリートとは、厚さ平均3.8センチの鉄板でできた格納容器本体の内側に打たれた床面のことで、溶けた燃料が落下したと考えられる圧力容器の真下では、厚さが260センチある。
床面には穴が開いた場所もあるので、床面のコンクリートが100センチ程度の場所に落ちた可能性も確かにあるが、その外側に先の鉄板があり、実はその下にもまだ760センチのコンクリート壁がある。さらにその下に原子炉建屋の堅牢な基礎があるから、今後、核燃料がメルトスルーする可能性はゼロといっても過言ではない。
東芝で原子炉設計に携わった日本システム安全研究所の吉岡律夫・代表は、原子炉について誤解と誤報が多すぎたと嘆息する。
「新聞は反原発派の話を鵜呑みにし、地震で配管が破断したとか、津波の前に制御不能に陥ったなどと報じたが、後の検証ですべて間違いとわかった。1号機は格納容器が小さすぎたとか、3号機はMOX燃料(※2)だから爆発するとか、再臨界、核爆発など、専門家なら真偽のすぐわかる噂がまかり通った。
本当の問題は、原発の技術ではなく安全設計の考え方だった。事故の3年も前に、一部の専門家たちは津波による全電源喪失に備えるべきだと提言していたのに(原子力安全基盤機構報告書=2008年)、それを活かせなかったことは大いに反省すべきだ。それ以外で真に想定外の問題だったのは、建屋に水素が溜まって爆発したことだけです」
もし、原発を再稼働せざるを得ない状況があったとしても、安全思想の抜本的改革がなければ同じ失敗を繰り返す。福島原発は、見た目の派手な壊れ方や初期の危機説に比べれば、ずっと安全バッファが大きかったが、それは「原発は安全」の根拠にはならない。
最も大きな困難は今後の廃炉と放射性廃棄物の処理だ。核燃料が飛び散って失われたチェルノブイリは、原子炉ごと「石棺」にし、何十年も監視し続ける道を選んだ。米国のスリーマイル島原発は、幸いにも核燃料が原形をとどめていたから数年後に燃料を取り出し、圧力容器・格納容器は通常通りの手順で解体された。
福島原発は、溶け落ちた燃料を回収・再処理し、高濃度に汚染された何十万トンもある原子炉を4基も解体・廃棄するという世界の誰もやったことのない困難な作業が待ち受ける。
「燃料が取り出せるようになるまで10年。廃炉までには20~30年と見るべきです。健全な原子炉でも廃炉には1基1000億円かかりますから、壊れた4基の処理は1兆円のオーダーになる。技術的な課題を含め、廃炉が本当にうまく進むのかが、今後予想される真の危機でしょう」(吉岡氏)
放射能禍は予測よりずっと小さかった。しかし、この恐るべき負の遺産と何十年も格闘する困難は想像を絶する。その道筋がないまま、なし崩しに原発を再稼働することなど決して許されない。
※1:核分裂で放出される中性子の速度を下げる役割を果たすもので、福島第一原発の場合は水。減速されない中性子は次の核分裂を起こすことが難しいため、水がないと再臨界の可能性が著しく低くなる。
※2:使用済み核燃料から取り出されたプルトニウムとウランを混ぜた混合酸化物燃料。3号機には2010年10月よりMOX燃料が使用されていた。
※週刊ポスト2012年3月9日号