5年ほど前から目立ち始めた、「濃い味」と銘打った新商品群。「節約志向を背景に『お得感』や『ぜいたく感』が味わえる」、「『濃い』『濃厚』は消費者に分かりやすく、売り場での違いも打ち出しやすい」(日本経済新聞2012年2月17日)といったことが、ブームの背景にあるらしい。だが、一方で、毎年24万人もの人が「味覚障害」と診断される現実。ブームに潜むリスクを、作家で五感生活研究所の山下柚実氏が指摘する。
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世は「濃い味」ブーム。「味の濃さ」を売り物にした食品や飲料が目立ち、その中からヒット商品も出てきています。
たしかに、スーパーやコンビニには、スイーツ、飲料、シチューやスープと、やたらに「濃い」「濃厚」「特濃」「濃密」といったネーミングの商品が躍っています。
かく言う私自身、セブンイレブンのヒット商品『口どけなめらか濃厚フロマージュ』に一時期ハマッてしまった。こくのあるチーズの乳の味と酸味とが口いっぱいに広がり、幸福感に包まれる。これがクセになる。
取材が終わるとパクリ。会議の前にまたパクリ。濃い味に執着する自分がいました。でもいったいなぜ、これほど濃い味の商品ばかりが、食品の棚を席巻しているのでしょうか? なにか、時代背景とも関連しているのでしょうか?
5年ほど前から目立ち始めた、「濃い味」と銘打った新商品群。「節約志向を背景に『お得感』や『ぜいたく感』が味わえる」、「『濃い』『濃厚』は消費者に分かりやすく、売り場での違いも打ち出しやすい」(日本経済新聞2012年2月17日)といったことが、ブームの背景にあるらしい。
時代を覆う濃い味ブームですが、その一方で、危険性も孕んでいます。濃い味に慣れれば慣れるほど、薄い味の料理が楽しめなくなる。微細な味の違いがわからなくなる。
さらに濃い味を、もっと強い味を、と刺激を求めるのが人間の常。閾値(ある値以上に強い刺激でなければ反応しない限界値のこと)があがってしまうからです。
節約志向の中、濃い味の一品で満足感を得ることで、摂取する栄養素が減ってしまうリスクも指摘されています。私たちは食事からさまざまな栄養分をとっていますが、例えば「亜鉛」の摂取が欠乏してしまうと、味を感じ取る細胞「味蕾(みらい)」が再生しにくくなり、「味覚障害」のリスクが生じるのです。
「食べたものの味がわからない」。毎年24万人もの人が「味覚障害」と診断されています。
「味覚障害」は、高齢者に顕著とされてきましたが、若年層にも広がっているのではないか、という指摘があります。
私たちの舌や口には約5000の味蕾と呼ばれる細胞があり、30日周期で絶えず生まれ変わっています。亜鉛は、その「味蕾」を再生するための重要な栄養素なのです。
亜鉛を多く含む食品には、牡蠣、緑茶、ココア、ナッツ、ゴマ、納豆、豆腐、そばなどがあります。また、亜鉛はストレスや食品添加物によって体外に排出されやすいことも指摘されています。
ただでさえ現代人は、「味覚異常」になりがちな環境の中に生きている。その上に、節約しようとして刺激のある一品で食事を終わらせれば、ますますリスクは高まるというわけです。
強い刺激に溢れた現代社会。そろそろ、刺激の積算ではなくて、引き算をする意味について噛みしめるべき時代が来ているのかもしれません。