新聞・テレビにあふれる悲劇や美談だけでは大震災の真実は語れない。真の復興のためには、目を背けたくなる醜悪な人間の性にも目を向けなければならない。原発作業員が働く卑劣な「火事場泥棒」の現場をフリーライター、鈴木智彦氏がレポートする。
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2月中旬の午前6時、原発作業拠点・Jヴィレッジ脇の検問に、ボロボロの軽自動車を載せた積載車がやって来た。運転手は警察官に暫定通行証を見せ、警戒区域に入っていった。 ここを過ぎれば警察の監視はない。早朝は警戒区域内のパトロールは手薄だ。お役所仕事の警察官を乗せた大型バスがやってくるまで、あと2時間はある。
運転手は検問の先にある道の駅に車を停めた。車外に降り、防護服を着込んでいる。装備から考えて、かなり奥まで入る気だろう。車はすぐに発進した。距離をとって後を付けた。
5キロ、10キロ、ひたすら走り続けた。30分以上走った頃、地図で現在地を確認すると、東京電力福島第一原発から直線距離で約3キロしかなかった。この辺りまで来ると、走っているのは原発作業の車ばかりで、乗員はすべて防護服に全面マスクを着用している。
積載車が脇道に入ったので尾行を中止し、こちらも車を無人の店舗に停めて待った。1時間後、戻ってきた積載車の荷台に、軽自動車はなかった。再び後ろを走り、警戒区域の検問を出た2個目の信号で、運転手を直撃した。
「原発の近くに車置いてきたのはなぜですか?」
「関係ねぇべ。うるせぇ」
運転手は強引に窓を閉め、6号線をいわき方面に走って行った。助手席には新品の防護服が数枚と、原発作業員しか入手できないはずの全面マスクが3つあった。おそらく原発作業員だ。
いわき市内の中古車販売業者が解説する。
「知り合いの業者は原発作業員から、『ローダー(積載車)を貸してくれ』としょっちゅう頼まれている。いたでしょ? 警戒区域に車を置いてくるのは、今年、東電が20キロ圏内に放置された自動車を賠償すると発表したから、一時帰宅で引き上げた車をまた警戒区域内に戻したい人が多いわけ。どんなボロ車でもかなりの金になる。線量の少ない検問のすぐ先には一時帰宅の住民がいるし、除染作業も行なわれているんで、わざわざ奥まで行ったんじゃない? うちにも依頼はあるね。犯罪なので断るけど」
この悪事に手を染める原発作業員は、その名前も所属会社も分かっている。
原発作業員の“良からぬ素行”の噂は、昨夏、私が作業員として原発で働いた頃からあった。ATM荒らしや窃盗といった本格的な犯罪の話も耳にした。
まさかと思っていたら、今年に入って証人を見つけた。作業員から大型液晶テレビをもらったのは都内に住む男性だった。
「親戚がいわき市に住んでて、震災後、よく支援物資を届けに行ったんです。そのお礼にテレビをもらった。あとから聞くと、原発作業員からもらったもの、それも立ち入り禁止区域の民家に押し入って盗んできたものだっていうんです。盗品だったら……私も捕まるんでしょうか?」
※週刊ポスト2012年3月23日号