【書評】『ニューヨークの高校生、マンガを描く 彼らの人生はどう変わったか』(マイケル・ビッツ著/沼田知加訳/岩波書店/2100円』
【評者】大塚英志(まんが原作者)
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この間、友人に呼ばれるままカナダで行われた北米のまんが研究者の集まりにいった時、まんがについてのリテラシーみたいな雑談に何度かなった。そこで、どうやら「まんがを描くことをめぐる教育」みたいなことが関心を集めてる、ということは英語が殆ど話せないぼくにもわかった。
ぼくが神戸の大学でまんがの描き方を教えるふりをしながら、わりとまじめに「教育」をやろうとしていることを彼等の何人かは知っていて、だから一応、基調講演で呼ばれたぼくに話を合わせようとしてくれているのかな、と最初は思っていた。
何しろ神戸でぼくがやろうとしていることなんて日本どころか大学内でさえ理解されず、ほんの数人、近隣の高校の先生に「同志」がいるくらいだ。しかし彼等の話から「似たようなことをしているアメリカ人」がいてその本が出ている、という。読みたいと思って日本に戻ったらその訳書が届いた。出来過ぎの話だけど本当だ。
本書はニューヨークの貧困層が通う高校で、アフリカ系やアジア系やラテン系の、しかも正規の授業でも人間関係でもうまくいかない生徒たちが、放課後のクラブ活動でジャパニメーションふうのまんがを描くことを介して、「自身の個人的かつ文化的アイデンティティー」をめぐる物語を紡ぎ、自力で自らを教育していくその過程が描かれている。
著者は彼等にまんが家になる術を教育するのではなく、生きる手立ての獲得の方法としてまんがを教えるのであり、ニューヨークの高校生たちは9.11やチベット問題(チベットからの亡命者の子供だっている)に始まり、アメリカという社会で具体的に生きていく術を含め、多様で過酷な現実と、まんがを描くことで向かい合っていく。向かい合う現実のハードルこそ異なるけれどそのプロセスはぼくの経験と重なりあう。
例によって「だから日本まんがの力はすごい」という、「クールジャパン」賛美の読まれ方はして欲しくない本書だが、この点も訳者が控えめに、だがしっかり釘を刺していて好感が持てる。
※週刊ポスト2012年3月23日号