原発停止により、発電の主役となった火力発電だが、イラン危機により燃料である原油やLNGの価格高騰が危惧されている。さらにイランによるホルムズ海峡封鎖が現実となれば、中東のカタール産LNGへの依存度が高い中部電力などは火力発電による電力が不足し、原発を再稼働せざるをえないといった「イラン危機で脱原発がふっ飛ぶ」説が出始めた。それらの問題の裏に何があるのか。エネルギー・環境問題研究所代表の石井彰氏が、以下のように解説する。
* * *
年明け1月25日、国際通貨基金(IMF)は次のような報告書を公開した。対イラン制裁により、「原油供給の代替がなければ、原油価格が20~30%上昇する可能性がある」。さらに、これは「第1次石油危機による供給混乱に相当」するとし、ホルムズ海峡がイランに封鎖されれば「より大きな価格高騰の引き金になる」と指摘した。
原発推進論者や電力会社、経産省はこぞって、「原子力をすべて火力に置きかえると、燃料費は年間3兆円増える」「電気料金値上げやむなし」と言い、「イラン危機によって今夏、停電の恐れがある」「だから再稼働へ」と煽る。
だがこれは、針小棒大な物言いであると私は考える。
確かに、現在の火力発電の中東依存は25%以上である。ホルムズ海峡が封鎖されれば、石油価格準拠の天然ガスの価格高騰は避けられず、絶対量も足りなくなる。今のままではアウトだろう。しかし、資源の調達方法、調達先を変えるだけで、危機はいかようにも回避できるのだ。
具体策について論じる前に、まず、世の中に広まっている誤解を解いておきたい。
世間一般では、石油価格の値上げ=火力発電所の稼働費の上昇、と考えられているが、これは誤りだ。実は2度のオイルショックを受けて、1979年に国際エネルギー機関(IEA)は先進国での石油火力発電所の新設を禁止している。
現在もこうした石油火力発電所はあるが、どれも1979年以前に建設されたものだ(東日本大震災を受けて、こうした発電所もフル稼働している)。
現在、日本の火力発電所は主に何を使用しているのか。LNG、液化天然ガスだ。確かに、天然ガスの価格も、大震災以降、上昇した。だが、そこにはカラクリがある。
日本の電力会社は、近年、原発へのシフトを強めていた。ゆえに、天然ガスによる火力発電を重要視してこなかった。安定供給されればよいとの発想から、石油メジャー等としか取引せず、原油価準拠の価格設定をしていた。
さらに大震災以後、原発停止に慌てた西日本の電力会社が、天然ガスの買い占めに走った。だから価格高騰が起きたのだ。
だが世界を見渡すと、日本の購入価格が異常に高いことがわかる。例えば日本では、100万BTU(英熱量)あたり、16ドルで購入しているが、ヨーロッパでは平均8ドルである。アメリカでは2.5ドルだ(2011年の1年間の平均)。他国が天然ガスの価格を原油価格に準拠させていないということもあるが、同じ準拠型のドイツでも11ドルである。明らかに日本だけが突出して高い。
理由は、「足下を見られた」というのがいちばん大きい。現在、世界最大の天然ガス産出国はカタールだ。カタールは4 年前から天然ガス採掘の大規模施設を建設しはじめ、ようやくそれが完成したところである。最大顧客は、アメリカだった。
だがこの4年間で、天然ガスをめぐる状況は劇的に変化してしまった。「シェールガス」という新世代の天然ガスの生産量が急増しているのだ。
シェールガスは、頁岩という硬い岩石の隙間に貯蔵されている天然ガスのことだ。以前から存在は知られていたが、掘り出すのが難しく、石油メジャーも採算性から二の足を踏んでいた。
そんな中、2000年より米国の中堅会社を中心に採掘が始まった。世界は彼らを山師のように見ていたのだが、2009年には安価な採掘方法を確立して、2010年には瞬く間に、天然ガス市場に大きな影響を与える存在になった。実際、アメリカは、このシェールガス革命により、それまでの天然ガス輸入国から輸出国に転じたのだ。
これで困ったのがカタールだ。突然、最大輸出国を失ってしまった。そこで、長期契約ではなく、スポット売りに転じたのだが、そこに飛びついたのが日本の電力会社なのである。カタールは、日本の電力不足事情を知った上で、ふっかけた。
戦略も長期ヴィジョンも持たない日本の電力会社は、言い値で買ってしまったのだ。その価格は、最高値で100万BTUあたり17.8ドルだった(同時期にカタールは、イギリスに半値以下の8ドルで卸している)。
※SAPIO2012年4月4日号