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飛田新地の組合役員「男と女がいる限りうちは絶対必要やん」

 かつて堅牢な門が存在したことを示す大門の支柱に「嘆きの壁」と呼ばれる高塀――。1958年の売春防止法施行以前の遊廓の面影を色濃く残す飛田新地は、今なお妖しい魅力を放ち、男と女を引き寄せている。この色街を12年にわたって取材しているフリーライターの井上理津子氏が飛田の色と欲を描く。

 * * *
 映画のロケ地のようだと驚くなかれ。

「おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん……」

 男が通るたび、玄関脇にいる曳き子が連呼し、おいでおいでと手招きする。

「ほら、こんなかわいい子やで~」

「遊んでいってや~」

 緋毛氈(ひもうせん)が敷かれた上がり框に、白熱電球で煌々と照らされた女の子が、ちょこんと座っている。ずばり、美人ばかりだ。ラメが光るキャミソールからはみ出した胸がはちきれそうな子、ショートパンツからむき出しの足が艶かしい子……。彼女らは、上目遣いに、品をつくって男に微笑みかける。

「かわいいなぁ」

 男が思わずつぶやくと、

「かわいいだけちゃうで。ええ仕事するでぇ」

 と、曳き子が返す。

「ちょっと待って。一回りしてくるわ」

 の男には、

「はいよ、待ってるよ~」

 と決して引き止めないが、頬がゆるんだ男には、

「さすがおにいちゃん、目が高いわ。どうぞどうぞ」

 壁に貼った料金表を指す。

〈15分、1万1000円~〉

 そうして、一人、また一人と男たちが、店の中に吸い込まれていく――。

 ここは、大阪の飛田新地。東西南北約400メートル四方の元遊廓である。いや、「元」でないことは推して知るべし。入口に欄間を施した、間口2間の同じ造りの店がずらりと並んでいる。2012年3月現在、155軒。推計400~500人の「女の子」がいる。

 1918年(大正7年)に、すでに通天閣が聳えていた繁華街・新世界からも、木賃宿が建ち並んでいた釜ヶ崎からも500メートルほどのこの地に、大阪府認可の「飛田遊廓」として誕生。大阪市の発展に沿って隆盛化し、不夜城となった昭和前期には3000人を超える女性が春をひさいだ。戦災に遭わなかったため、戦後はいち早く復興し、赤線に。1958年の売春防止法完全施行後も一致団結して生き残り、今に至っている。

 店は「料亭」と呼ばれる。飲食店として警察に届け出て、営業。2階の部屋に運ばれるお茶とお菓子が「料理」で、お客と女の子が偶然にもたちまち“恋愛関係”に陥る。表向きにはそういう仕組みになっていて、公然と性的サービスが行われているのである。

 実は私は、足かけ12年、この町に通い、昨年『さいごの色街 飛田』(筑摩書房)を上梓したのだが、この日、「久しぶりやな」と迎えてくれた飛田新地料理組合の役員は、

「男と女がいる限り、うちみたいなところはやっぱり絶対に必要やん。こんな時代やからこそ、(お客さんに)楽しく遊んで帰ってもらい、次の日の仕事の活力にしてもらわにゃ」

 と、10年前にも2年前にも言っていたのと同じ台詞を言った。

──で、どうですか。このごろ景気は。

「リーマンショック以降、客単価は下がりっ放しよ。でも、おかげさまで(お客の入りは)横ばいやね」

──お客用の無料駐車場、増えましたね。

「そうそう。気持ちよく、安全に足を運んでもらえるように、我々も努力してるんよ」

──ホームページ、見当たらないですね。

「我々は目立ったらアカンから。電話で訊かれたら、料理店としか答えられへんし……」

 とはいうものの、飛田の「料亭」は、この1年で22軒が閉店し、19軒が新規開店している。例年の入れ代わりは10軒程度。最近の動きが大きいのは、高齢や営業不振で従来からの大きな店が閉店して空いた土地が、2、3軒に分割されているからだそうだ。

 スクラップ&ビルド。そういえば、以前は見かけなかった真新しい店もちらほら。真新しい店も、間口2間、欄間、上がり框のスタイルが従来店と同じで、町の統一感は損なわれず。むしろ、大阪不況、どこ吹く風のようにも見受けられる。

※週刊ポスト2012年4月6日号

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