3月16日、戦後の思想界を代表する“巨星”・吉本隆明氏が亡くなった。享年87歳だった。
その半生を43年にわたってフィルムに収め続けてきたのが写真家の吉田純氏(77)だ。同氏が初めて吉本氏を撮影したのは1968年。全共闘世代を熱狂させた『共同幻想論』を発表したまさにその年だった。
「ある編集者から『怪物を撮ってほしい』と依頼されたのが最初でした。話し方は誠実で穏やか。相手に緊張感を与えない。でも、ファインダー越しに見ると、編集者が怪物と呼ぶ理由がわかった。得体の知れない深さを感じるんです。撮影のたびに私は『今回も納得がいかない。また撮らせてください』とお願いし続けることになりました」
休暇の家族旅行にまで吉田氏は随行し、シャッターを切り続けた。
「私は武者小路実篤も岡本太郎も撮ったけど、撮影していて飽きを感じないのは、吉本隆明ただ一人でした。普通、もうこの人はいいやって思うのだけど、それがない。人柄も素晴らしかった。知り合って間もない頃、文芸誌の仕事をご一緒したんですが、格安のギャラはきっちり折半。吉本先生の原稿あってのページなので、私は辞退を申し上げたのに聞いてくれなかったんです」
※週刊ポスト2012年4月6日号