【書評】『魚は痛みを感じるか?』/ヴィクトリア・ブレイスウェイト著/高橋洋訳/紀伊國屋書店/2100円(税込)
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確かにそのことを考えたこともなかった。生物学者の間ですら事情はほとんど同じだったという。魚はヒトと形態も棲息方法も全く異なり、表情も変化せず、声も出さないように思える。だから「魚は痛みを感じるか」と問われた時、意表を突かれた思いがするのだ。
イギリスの魚類学者が書いた本書によれば、痛みを与える事象に神経系が反射する無意識的な段階と、脳が痛みに気づき、苦しむ意識的な段階の2つがあって初めて「痛みを感じる」と言えるのだという。
結論を言えば、マスを使った観察、実験、検証によって〈魚には痛みや苦しみを感じる能力が備わっていることを示す数多くの証拠〉が見つかり、〈その能力は、ヒトの新生児や早産児以上〉であることが判明したというのだ。
この事実は驚くべき事であると同時に、厄介な問題を孕んでいる。〈ある動物に痛みのために苦しむ能力があると認めれば、その動物に対する私たちの接し方や扱い方、あるいは世話の仕方を変える必要が生じる〉からだ。
動物愛護ならぬ「魚愛護」が求められるのだ。その漁獲方法、養殖方法、釣りの方法は無用な痛みや苦しみを魚に与えていないか。与えているならば、改善すべきではないか。著者は欧米人にありがちな狂信的「魚愛護主義者」ではなく、科学者として客観的な事実を提示し、冷静な問題提起を行なっている。
種によっては数年間にも達する記憶力を持つ魚も存在することなど、魚の意外な知性の高さについての記述も面白い。本書の表紙には釣り針を口に引っ掛けられた魚の写真が使われているが、本書を読み終えると、不思議なことに、魚には人格も感情もあり、魚が悲鳴を上げているように思えてくる。
※SAPIO2012年4月4日号