インドの対中国政策は、曖昧で複雑でしたたかだが、その点日本はオンかオフかの二進法しかもたず、しかもそれが国民感情優先となればあまりに戦略不足だ、とジャーナリストの富坂聰氏は指摘する。日本は、中国に対してどのような戦略を持ち、外交を繰り広げればいいのか。以下は、富坂氏の視点である。
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3月29日、インドで行われたBRICS首脳会議に主席した胡錦濤主席は、インドのシン首相と会談した。この席上、シン首相が胡主席に語った言葉は日本人が国際社会を理解する上で非常に示唆に富んだ内容だったので紹介しよう。
国境紛争を抱え経済的にもライバル関係としてとらえられがちの両国だが、この会談後両国は2012年を「友好協力年」と定め、戦略協力パートナーシップを新たなレベルへと引き上げることを発表している。
なかでも注目はシン首相の発言である。シン首相は、中国が気にする少数民族問題に触れ、「チベット自治区が中国の領土の一部であることを認める。またチベット人がインド国内で反中国政府の活動をすることを認めない」とした上で、こう付けくわえたのだ。
「インドは中国を封じ込めようとするいかなる戦略には同調しない」
これは最近でいえば南シナ海を巡る米中対立におけるアメリカの動きを指しているようでもあり、また日本でいえば安部政権や麻生政権時代に盛んに言われた脱中国とインド接近に対する回答でもあるようだ。
だが、中印がこの言葉に代表されるような蜜月関係へと急速に舵を切るのかといえば決してそうではない。むしろインドにとって中国はパキスタンに次ぐ警戒の対象であり、中国の海洋進出に対してはインド洋覇権を巡って激しい火花を散らしつつある。その視点で見れば十分アメリカの南シナ海戦略に乗っかる余地はあるところだ。
だが、重要なことは嫌いな相手や警戒の対象であってもその相手からきっちり利益を引き出すのが国際社会における巧者だということだ。米中対立が激化すれば、米中双方から利益を引き出し、なお自分を最大限高く売る機会をうかがうのが当り前なのだ。
そのためには相手に対する態度は極限まで曖昧にすることが重要であるが、その点日本のようなオンかオフかの二進法しかもたず、しかもそれが国民感情優先である国となればあまりに戦略不足だ。
日本ではいま対外的に強硬論を主張すればそれで国益を重視したことになるが、そんな単純な発想では経済的なプレゼンスを低下させている日本が軽視されることは間違いない。人間でいえば「いつも笑っているけど本当は何を考えているかわからない」という抜け目なさこそが、今後の日本に求められる姿だ。