囲碁は相手より多くの陣地(地)を作ることを目的とするゲームであるが、それを目指す過程は打ち手によって千差万別。その戦略的思考にこそ、打ち手の「美学」が表現されるのだ。
文壇きっての将棋指しとして知られる作家の渡辺淳一氏は、碁の実力者でもある。武宮正樹プロ(九段)との対局は5子の置碁だったが、「序盤の打ち方が完璧で冷や汗をかきました」(武宮プロ)。最終的には大石を武宮プロが仕留めて逆転したが、実に清々しい対局だったという。
「プロが相手で棋譜(対局の手順を記したもの)が公開される対局では、アマチュアはつい“恥ずかしい手を打ちたくない”“善戦すればカッコがつく”と考えて、臆病な手を打ちがちになるんです。でも、そうした“よそ行き”の碁は、プロ側からすると面白くも何ともない。もっと自分を表現していただきたいんです。
渡辺さんの打ち方は、小説に登場する魅力的な登場人物や、飾らぬ感情を表現するエッセー同様に人間っぽさがあって、実に面白い対局でした。そういうタイプの方はミスも出るのですが、渡辺さんはそれも含めて普段通りの碁を打っていました」(武宮プロ)
囲碁は「打ちたいところに打つ」のが大切。「それが成功だったか失敗だったかを対局後に反省する。その積み重ねで実力がアップするのです」(武宮プロ)という。
武宮プロと針木康雄氏(囲碁連載「武宮正樹の稽古碁」がある『月刊BOSS』元編集主幹)氏の印象に残っているのが、敗れた渡辺氏の反応。悔しさを顔に滲ませ、「もう一度お願いしたい。次は絶対に勝たせていただくよ」と武宮プロにリベンジを誓ったのだ。
「“プロが相手だから仕方ない”という方が多い中で、あの負けず嫌いはさすが(笑い)。75歳を過ぎてもギラギラ感があるから、老若男女に支持される小説を常に書くことができるのでしょう」(針木氏)
※週刊ポスト2012年4月20日号