小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰還した時の感動を多くの日本人はいまだに記憶しているはずだ。日本の宇宙人気に拍車をかけた「はやぶさ」だが、カプセルには独自開発の耐熱素材が採用されている。
それだけではない。搭載されたイオンエンジンも世界の宇宙史上初となる長時間運転を果たした。日本の宇宙技術は今や欧米、ロシアをしのいでいる。ノンフィクション作家の山根一眞氏が解説する。
* * *
2012年3月、チリ、アンデス山脈の海抜5000mに位置するアタカマ砂漠で建設が進む「ALMA」を見てきた。「ALMA」は「アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計」の略称で、パラボラアンテナを66基並べた巨大電波天文台だ。
日米欧に台湾とチリが加わった過去最大の国際共同プロジェクトで、来年3月の完成後には、ハッブル望遠鏡の10倍という空間分解能(東京から大阪の1円玉が見える)によって、137億年前のビッグバン直後の宇宙の姿もとらえられると期待される。
国立天文台の若い天文学者たちは、「まだ誰も見たことのないブラックホールの姿をとらえたい」と目を輝かせる。
海抜0mと比べて空気が半分のため、意識がいささか朦朧とした状態で山頂施設を見て歩いたが、現場にはコンピュータのサーバーがずらりと並ぶ施設も完成、富士通のエンジニアやプログラマーが来年3月の開所式を目指して準備に追われていた。
日本の国立天文台が担当するアンテナは直径12mが4台、直径7mが12台(三菱電機が製造担当)の合計16台。「ALMA」に必要な特殊な半導体を製造する工場を三鷹の天文台敷地内に設置し、設計・製造を行なうなど日本ならではの技術力を駆使。
パラボラの鏡面の設置は髪の毛の幅の3分の1の精度が求められるため各国は今、アンテナの組み立てとともに調整にしのぎを削っている。
「ALMA」プロジェクトは25 年前に日本が提唱、設置好適地の選定もしたが、国の予算がつかないままだったため欧米が先行してアンテナの建設を開始。米国に2年遅れてやっと建設を開始した日本だが、2008年に「第1号アンテナ」の認定をとり、昨年、最初の天体からの電波を受信する「ファーストライト」も達成。日本の宇宙技術に懸ける情熱と先進性を強くアピールした。
宇宙の果てへの挑戦と並び、地球のすぐそばの宇宙への挑戦でも日本は世界に比肩する力をつけている。
宇宙への挑戦は幅が広い。地球の周辺に打ち上げられる衛星は、通信や放送、軍事情報の収集、温室効果ガスの観測、土地利用や精密な地図の作成、災害時の被害観測、水や森林など地球環境の観測、資源の探査、そして天体の観測など多岐にわたる。日本の宇宙予算は米国の10分の1にすぎないが、欧米露に比肩、いや各国をしのぐ分野が増えている。
日本の宇宙人気の転機となった小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還(2010年6月13日)に際して、NASAは、豪州のウーメラ砂漠に観測機器を満載した大型ジェット機(DC-8)を飛ばし、燃え尽きる「はやぶさ」と分離した「カプセル」の精密な観測を行なっている。
私は、ウーメラ砂漠上空で燃え尽きる「はやぶさ」を見守ったが、「はやぶさ」と「カプセル」は、前例のないほどの深い角度で大気圏に再突入をした。そのため「カプセル」の先端部は3000℃以上の高熱にさらされた。
「はやぶさ・カプセル」の先端部は日本が独自開発した炭素繊維強化樹脂(CFRP)などで構成されているが、形状など詳細は機密だ。NASAは、スペースシャトル後継機の大気圏再突入時の「耐熱」設計のために、「はやぶさ」の「カプセル」の耐熱データを必死に学ぼうとしたのだ。
日本はこういう宇宙開発の基礎となる技術を着実に積み重ねているのである。
「はやぶさ」に搭載されたイオンエンジンも、世界の宇宙史上初の長時間運転(累積4万時間)を果たした。化学推進エンジン搭載の探査機と比べて搭載燃料が約10分の1ですむイオンエンジンは、今後の惑星探査に必須であることを「はやぶさ」は世界に示したのである。
※SAPIO2012年6月6日号