超高齢化社会に突入した日本では、近い将来、介護や看護分野で大量の人手不足が見込まれる。厚生労働省の試算では、2025年には介護職員だけで70万人もが足りなくなるほどだ。
そんな中、2008年から外国人介護士・看護師の受け入れが始まった。日本がアジア諸国などと結ぶ経済連携協定(EPA)に基づき、これまでにインドネシアとフィリピンから1360人が来日している。
日本人の人手不足を補うため、政府が率先してアジアから人材を受け入れている――そんな印象を持っている読者も多いだろう。しかし、それは誤解である。
受け入れ実務を担う厚労省は、外国人を人手不足解消の手段とは見なしていない。当初から、目的は「経済連携の強化、促進。その中で(送り出し国の)リクエストに応じて決まった」(厚労省職業安定局外国人雇用対策課)とのスタンスだ。
実は、介護士らは、当時の自民党政権がEPA交渉を有利に進めようと、相手国の求める「出稼ぎ」を認めて受け入れられたに過ぎない。日本側には、インドネシアの資源獲得、フィリピンへの産業廃棄物の持ち込みという思惑があった。
慌てたのが、外国人労働者の流入を恐れる厚労省だ。次善の策として同省は、介護士らの就労が長引かないようハードルを設けた。介護士は4年、看護師は3年以内に国家試験に合格しなければ強制的に帰国させるというのである。
外国人にとっては日本語での国家試験は難関だ。これまで合格者は介護士が36人、看護師が66人に過ぎず、合格率も日本人よりもずっと低い。
「合格率」の問題にはマスコミから「日本でがんばっている外国人を追い返すのはかわいそうだ」「もっと障壁を下げよ」といった批判が相次いだ。すると厚労省は、あっさりとルール変更を実施する。
不合格でも一定の点数を取った者には、就労期限を1年延長し、国家試験に再チャレンジする機会が与えられたのだ。また、試験の漢字には振り仮名をつけ、外国人に限っては試験時間を延長するといった措置も検討されている。
結局、ハードルを上げるのも下げるのも、官僚の匙加減一つなのだ。だが、合格者が多少増えたところで、肝心の人手不足解消にはほとんど役立たない。
新たな受け入れも縮小が続く。2009年にはインドネシアとフィリピンから4000以上の介護士が来日したが、2011年には119人まで減少した。その背景には、人手不足に悩みながらも、採用を躊躇する施設が多いことが挙げられる。
介護士らの受け入れには、就労前の日本語研修や斡旋手数料などで1人につき約60万円の費用が必要だ。就労を始めれば、日本語に不安があっても日本人と同等に給料を支払わなくてはならない。
しかも、国家試験に落ちれば短期間で帰国してしまう。これでは受け入れ施設が集まらないのも当然である。
そんな中、現行スキームに唯一満足しているのが官僚機構だ。厚労省幹部の天下り先である社団法人「国際厚生事業団」(JICWELS)は介護士らの斡旋を独占し、1人につき約16万円の手数料を施設から徴収する。
もともとJICWELSは発展途上国の政府人材の受け入れなどを細々と行なっていた団体だが、介護士らの斡旋ビジネスを始めて以降、職員と予算を大幅に増やした。2011年度の事業収入を見ても、約6億円の総額のうち4億円がEPA関連の政府補助金である。
日本語研修を担うのも、やはりEPAに関連する経済産業省と外務省の関連機関だ。こうした「受け入れ利権」を分け合う官僚機構にとっては、介護士らが国家試験に合格せず、新しい人材と入れ替わってくれたほうが“得”なのだ。
さらにもう1つ、新聞やテレビが全く報じない事実がある。介護士らの受け入れに多額の税金が使われている問題だ。その額は、2008年からの5年間で約80億円にも上る。
合格者は介護士・看護師を合わせて102人に過ぎないから、単純計算では、1人の合格者を出すのに8000万円近くが費やされた格好だ。介護士らにも増して「かわいそう」なのは、税金を浪費されている私たち国民なのである。
●取材・文/出井康博(ジャーナリスト)
※SAPIO2012年6月6日号