くりくり頭の幼気な男の子が「マルコメ、マルコメ~」という音楽に合わせて走り回る味噌のCMのスタートは1977年。現在の「マルコメ君」は14代目という国民的CMだ。マルコメ=味噌のイメージは強烈に定着しているが、「新たな商品を自分たちの手で!」と立ちあがったのは同社の女性社員たちだった。
事の発端は4年前。味噌などの発酵食品に使われる糀(麹)が健康や美容に効果があると注目を浴びていた頃に遡る。同社の坂田葉月は、そのブームを歯がゆい思いをしながら眺めていた。
「糀は味噌を作る過程で用いるマルコメにとってはなじみの深い素材。しかも質のいい糀をたくさん扱っている。うちの会社からも関連商品を生み出せるはず」
だが、糀関連商品に対する社内の動きは鈍かった。同社の商品開発は主に男性社員が担ってきた。その男性たちが「糀は美味しい」とは思っていなかったのだ。坂田ら女性社員は、「糀をもっと手軽に摂りたい」と考えている女性は多いはず、と幾度か商品企画を提案したが、なかなか採用には至らなかった。
同社の製造ラインは味噌が中心。新たなラインを必要とする新商品開発には慎重にならざるを得なかった。だが、2010年頃から糀に塩や水をまぜた塩糀には豊富なビタミン、酵素が含まれていると喧伝されるようになり、糀はさらに一大ブームを巻き起こす。ここにきてようやく会社も決断。坂田らが提案していた糀関連商品の開発にゴーサインが出てプロジェクトチームが結成された。チームの人員は5人。いずれも女性だった。
糀は甘い。その自然な甘さを活かした甘味料として商品を生み出したい。でも、単に甘いことを売り出しても女性の購買意欲を刺激しない。ならばどうすれば良いのか? 「自然な甘さのジャム」ではどうだろうか。「ジャムにすれば、使い方もイメージしやすくなります。パンはもちろんヨーグルトにも利用できる」
商品パッケージには、「砂糖を使わずに生まれた自然の甘さの糀ジャム」と大きく掲げた。さらに、「女性が好むデザイン」にこだわり、ビンの形状からブランドロゴまでを女性の意見だけで作り込んだ。従来の同社の製品であれば「マルコメ」のロゴが前面に出るのが常だった。だが、ここでも女性目線は貫かれた。
完成した商品を経営陣にお披露目したのは2011年の暮れ。パッケージを見た経営陣からは驚きの声とともに反発する声も上がった。「マルコメ」のロゴを小さくしたのが気に障ったのだ。だが、居並ぶ経営陣を前にして坂田は動じなかった。
「これは従来の味噌とは全く異なる商品。だからこそ、パッケージも商品名も今までとは異なる商品であるべきです」
発売は今年3月。「やることはやった。結果はきっとついて来る」と信じていた坂田だが、内心は不安だった。「市場に受け入れられるだろうか」――プレッシャーも強かった。だが、営業陣の奮起で小売店からの注文が殺到した。「市場に受け入れられるか」という不安は一転して「生産が間に合うか」といううれしい悲鳴に変わった。会社も即増産体制を整えた。
味噌作り150年の伝統で培われた糀の技術。その技術に対する信頼もあった。
(取材・構成/中沢雄二)
※週刊ポスト2012年6月1日号